小山内美江子の願い

はじめに

この記事では「帰ってきたウルトラマン」最大の怪作とも言える第48話「地球頂きます!」(脚本:小山内美江子、監督:佐伯孚治、特殊技術:真野田陽一)の脚本を書いた小山内美江子を取り上げます。

略歴

小山内美江子は1930年1月8日生まれで神奈川県横浜市鶴見区出身。高校卒業後、1951年に映画のスクリプターになりました。長男の理重剛を出産後、離婚し、シングルマザーとなり、脚本家になりました。子育てをしながら脚本を書いていたからか、Wikipediaにも書かれていますが、手がけた作品の中には教育や子育てへの思いを込めたものがあり、『3年B組金八先生』をはじめ誤算シリーズ(『親と子の誤算』『父母の誤算』)などのテレビドラマによって、教育界でも知られるようになりました。
さて「帰ってきたウルトラマン」でプロデューサー補を務めた熊谷健とは友達であり、その関係から円谷プロの作品も数本書いています。「ウルトラQ」の「あけてくれ!」は円谷一を「ウルトラQ」制作に導いたのは先述しました。他に「恐怖劇場アンバランス」の「死を予告する女」と「地方紙を買う女」を書いています。第48話「地球頂きます!」を書いたのも熊谷からの依頼があったからです。

ですが円谷プロで作っていた作品が小山内の資質に合っていたとは言い難く、「ウルトラQ」からは怪獣路線に転換すると同時に降板していますし、これから描く第48話「地球頂きます!」も他の「帰ってきたウルトラマン」とは異質な話になっています。ですが、教育や子育ての思いを込めた作品という意味では小山内らしい作品なのかもしれません。佐伯孚治の演出も「富士に立つ怪獣」以上にぶっ飛んでいたこともあり、強烈な印象を残しています。

第48話「地球頂きます!」

実質的な主人公は怠け者の少年勝(田村明彦)です。彼は次郎の同級生でしたが、学校へも行かずにお寺の境内の地面に怠け者怪獣ヤメタランスの絵ばかり描いています。ご丁寧にもザ・ドリフターズの「誰かさんと誰かさん」の替え歌を歌っています。さて神社のそばにはご丁寧にもマットビハイクルがとまっており、誰もいない車内からはカーラジオでザ・ドリフターズの「誰かさんと誰かさん」が流れています。マットビハイクルに乗ってきたのは郷。郷も仕事をサボってお団子を買いに行っていたのです。郷は勝に気づき、話を聞き「どうせ書くなら頑張り怪獣ヤッタルデーでも描けよ。」と言いますが、勝は「お前もやはりママゴンの仲間だな。」と返します。なお、カーラジオがつけっぱなしになっている描写は白石雅彦と荻野友大編著「帰ってきたウルトラマン大全」によれば、決定稿には書かれていないそうです。また勝のモデルは小山内の息子の剛その人だそうです。勝はママゴン(要するに母親)がガミガミうるさいとこぼしますが、小山内もママゴン同様、息子の怠けぶりに手を焼いていたのは間違いないでしょう。その小山内の願いは息子が怠け者でなくなること。その願いは思わぬ形で叶います。と同時に「帰ってきたウルトラマン」史上最大の怪事件が起きることになるのです。

さて油を売っていた郷のところに通信が入ります。伊吹は郷がサボっていたことを叱った後、東京に怪物体が落ちたのが観測されたので調査するようにと命じます。怪電波を発信していますが、落ちる速度からみて、パラシュートがついているかもしれません。というわけで勝と郷は別れますが、その勝が見たものは

勝「あ、カプセルだ。」

なんとパラシュートのついたカプセルが落ちてくるのが見えました。勝はカプセルが落ちるところへ急行。そしてカプセルを開けると中にいたのは

勝「ヤ、ヤメタランス。」

ヤメタランスは実在したんですねえ。そしてなんか、「キーキー」言っていますが勝にはその言葉が通じません。そのうち気がつくと勝の顔はソバカスだらけになり、しゃっくりをします。ここ重要な場面なので覚えておきましょう。なおマットビハイクルに乗る郷には

ヤメタランス「やめろ。僕をカプセルから出すな。」

という叫びが聞こえています。いささかご都合主義のような気がしますが、その後が面白いので目を瞑りましょう。なおもヤメタランスは叫びますが、勝には「キーキー」としか聞こえません。勝はカプセルの下半分をヤメタランスごと運び出してしまいました。

ヤメタランス「頼む。僕をカプセルに入れて送り返すのだ。でないと地球は今に大変なことになるのだ。」

そして遂に

勝「やめた。」

と言ってカプセルを放り投げ、

勝「ごめんよ。なんだか知らないけど、君と遊ぶのをやめる。怠けるのもやめる。せっかく、友達になったんだけど、僕、学校へ行く。勉強しなくちゃ。バイバイ。またな。」

小山内美江子も息子にこう言って欲しかったに違いありません。ところが話はそれで終わりではありません。

ヤメタランス「ダメなのだ。君が行くとみんなに移ってしまうのだ。」

さあ、困ったことになりました。MATはカプセルを見つけました。もちろん、中身は空です。郷は警戒し、汚染物質が入っていたかもしれない、と言います。伊吹も合意し、警視庁に連絡して慎重に扱うことにしました。団地のそばで見つけたこともあったからです。とここで空飛ぶ宇宙船登場。

宇宙人「さすがはウルトラマン。しかし、もう遅い。お前ら地球人に俺達の新兵器がわかってたまるか。」

さて勝は学校へと急いで走りますが、途中で泥棒(不破万作)と遭遇。手ぬぐいを頭にかぶって鼻の頭で結び、若草色の風呂敷包を背負っています。わかりやすいですね。泥棒は勝とぶつかり転倒。

泥棒「気をつけろ、馬鹿野郎。」

とその顔にはソバカスがたくさんついています。そしてしゃっくりしました。もしかして…

と思ったら、場面は学校。勝が教室に到着しました。先生は遅刻してきた勝を叱り、クラスの皆が勝をからかいますが、先生の顔はソバカスだらけになり、しゃっくりまで始めました。そして次郎を含めたクラス全員、しゃっくりを始めました。もしかしてパンデミックですか? 見ると次郎の顔、そしてクラス全員の顔はソバカスだらけ。

と思う間もなく場面が切り替わり、先ほどの泥棒をお巡りさんが追いかけています。必死に逃げていた泥棒でしたが、しゃっくりをして立ち止まり、風呂敷づつみを置いて座り込み

泥棒「やめた。」

逃げるのをやめてしまいました。でこれ幸いと警官は手錠をかけようとしましたが

警官「こいつ、窃盗現行犯で逮捕する…やめた。」

見ると警官の顔にもソバカスがたくさんついています。警官も座り込んでしまいました。さて学校では

先生「やーめた。」

クラスのみんな「やめた。」

勝「ダメだよ、君達。生徒が勉強しないでどうするんだよー。」

厳密には小学校に通うのは児童なのですが、そんなのは瑣末な指摘に過ぎません。宇宙人は高笑いします。

仕方なく勝は団地にある自分の部屋に帰ります。当然、料理の真っ最中だったママゴンは勝が学校をサボって帰ってきたと思い、叱りますが、途中でしゃっくりをしてしまい、

ママゴン「やーめた。」

この騒動を団地の人達が外に出て見ていました。この時、勝は気がつきました。

勝「なんか、臭いよ。」

ママゴン「ああ、天ぷらが揚がり過ぎているんじゃない。」

あわてて勝が部屋に戻ると天ぷら鍋が燃えています。というわけで消防車が出動しますが、全員途中で「やめた」と叫んで止まってしまいました。こういう騒動があらゆるところで起こりました。結婚式も聖火ランナーも通勤客も皆「やめて」しまいました。聖火ランナーは聖火を放り投げています。火事になったらどうするのでしょうか。消防署は…やめてましたね。

場面が変わってヤメタランスが映ります。おや。先ほどよりも大きくなっています。等身大です。

ヤメタランス「やめるのをやめるのだ。僕を大きくするのをやめてくれえ。」

宇宙人「バカめ。それが我々の狙いだ。もっと大きくなれ。もっと大きくなれ。」

ヤメタランス「ダメだあ。僕を大きくすると地球が壊れてしまう。やめてくれえ。」

気のせいか、ヤメタランスは更に大きくなっているような気がします。

さて場面変わってMAT本部には通報の電話が殺到していましたが、なぜか通報してきた人は皆、途中で「やめた」と言って電話を切ってばかりでした。困惑するMATの皆さん。郷はあのカプセルの中に地球人の労働意欲をなくす病原菌が入っていたと推定しますが、伊吹は「そんなバカな。」と言って取り合いません。とここでMAT本部が揺れ、なぜか法螺貝が鳴り響きました。これは見返すまで忘れ去っていました。おもしろすぎます(大笑)。場面が変わると、あーら、ヤメタランスはとうとう団地よりも大きくなってしまいました。逃げる人々。でも勝だけはヤメタランスに向かっていきます。でここでCM挿入です。法螺貝が鳴ったのは出動ということなんでしょうかねえ。わかりませんが。

CMが明けるとMATは出動しています。ですがいつもと雰囲気が違います。いつもの「ワンダバ」BGMがやたらと早回しで流れているのです。空をマットアロー1号2機、陸をマットビハイクルが進みます。

勝「撃つな。撃たないでくれ。」

逃げるヤメタランス。

伊吹「攻撃開始。」

南「攻撃開始します。」

しばらく攻撃が続いたのですが、突如BGMがいつもよりスローテンポになり

岸田「やめた。」

南「やめた!」

この2人の言い方、岸田は落ち着いた感じなのに、南は力がこもっています。キャラクターの違いなんでしょうね。でもう一機の方でも

伊吹「やーめた。」

上野「はあ。やーめた。」

マットアロー1号は2機とも墜落してしまいました。4人全員脱出しますが、パラシュートで落ちながら、こんな逝かれた会話をします。

南「おーい、気分はどうだい。」

上野「おーい、最高だーい。」

岸田「工場も仕事をやめたせいか青空だなあ。久しぶりに空気がキレイだ。」

南「ああ、いい気持ちだ。」

勝はマットビハイクルと遭遇。そのため丘も

丘「やめたわ。」

攻撃しようとする郷を止める勝。

勝「あいつは何もしないんだよ。ただ大きくなっちまっただけなんだよー。」

ヤメタランス「そうなのだ。僕は何もしない。僕を地球へ送ったのは宇宙人なのだ。僕の体には人間を怠け者にする放射能がいっぱい入っている。だからみんな、ほらヤメタランス。」

郷「そうか。それでこの子は逆に怠けるのをやめたんだな。」

ヤメタランス「そうなのだ。今に地球人が全部怠け者になった時、宇宙人達が攻めてくるのだ。」

さあ、事件の真相がわかりました。郷と勝はMATのメンバー全員にそれを伝えようとしますが、皆、ブランコに乗ったりして言う事を聞きません。戦うのをやめたからです。この時の会話も傑作です。

南「それはわかったけどなあ、俺達が働かなくなってから攻撃してくるとは、宇宙人も相当怠け者ではないか。」

郷「そんなこと言っている場合じゃないでしょう。」

上野「まあ、いいから、いいから。」

岸田「そうむきになるなよ、郷。みんな仕事をやめたおかげで交通事故はゼロ。素晴らしいじゃないか。」

丘「そうよ。ついでにその宇宙人にもヤメタランス病を移したらいいんだわ。」

合間に流れる笑い声同様、全員、逝っちゃってます。と言うわけで、まーたワンダバのスローが流れる続ける中

勝「ダメだよ、郷さん。正気なのは僕と郷さんしかいない。二人でやっつけるんだ、宇宙人を。」

と言うわけで勝は郷と二人で宇宙人を倒そうとしますが、郷もしゃっくりをしてしまいました。ああ。もちろん、顔はソバカスだらけです。

郷「やめた。」

これには宇宙人もご満悦です。

宇宙人「それでいい。それでいいのだ、ウルトラマン。」

そのとき、郷にはヤメタランスのキーキー言う声が聞こえました。

郷「ちくしょう。ウルトラマンがこんなのに負けてはいけないんだ。」

仕方なく勝はマットガンでヤメタランスを攻撃。

ヤメタランス「殺すなと言ってくれ、ウルトラマン。僕を僕の星に帰してくれえ。」

郷「わかった。しかし、どうやって。」

ヤメタランス「早くしてくれえ。お腹が空いて、また地球を壊してしまうのだ。」

このヤメタランスの懇願が効いたのか、郷はウルトラマンに変身しました。しかし、登場したウルトラマンの顔にはソバカスがたくさんついています。うーむ。なおBGMもまた、ウルトラマンがヤメタランスを抱えて倒れると同時にスローになってしまいました。佐伯の演出は徹底しております。

勝「しっかり。ウルトラマン。頑張って。」

ウルトラマンは気力を振り絞って立ち上がりました。と同時にBGMの速さも元に戻りました。佐伯の演出は徹底しております。ウルトラマンはウルトラブレスレットでヤメタランスを縮小。宇宙へ投げ返しました。

宇宙人「ちくしょう。ウルトラマンめ。」

仕方なく、今度は宇宙人がウルトラマンと戦います。さてよく見るとウルトラマンの顔からソバカスが消えています。と言うことは…ここからワンダバが流れますがスローから普通のスピードに戻っていくと同時に、南、岸田、上野、丘、そして伊吹が正気に戻ります。後ろに昔懐かしい東急3000系が止まっていますから、鷺沼あたりでロケをしたようです。MATもウルトラマンを援護し始めました。宇宙人はスペシウム光線で倒されました。

最後は元の怠け者に戻ってしまった勝のそばで非常召集がかかってしまった郷がしゃっくりをしてしまい、慌ててバックミラーで自分の顔にソバカスがついていないことを確かめる場面が流れた後、本部へ戻るマットビハイクルが映っておしまいです。

おわりに

この記事では第48話「地球頂きます!」とその脚本を書いた小山内美江子について取り上げました。書き忘れましたが、この話はナレーションが一切入りません。それはヤメタランスと宇宙人のセリフで状況がわかってしまうからなのでしょうね。なお、脚本では宇宙人には名前がつけられていません。熊谷健はサービスのつもりで小山内の本名にちなんで宇宙人の名前をササヒラーと名づけました。ところが今度はそれが原因で小山内の姪(小山内の兄の娘)がからかわれてしまい、小山内は兄嫁から怒られたという逸話が残っています。小さな親切大きなお世話だったと言うことなのでしょうかねえ。難しいですね。

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