浦沢義雄BOT終了決定

こんなニュースが飛び込んできました。

【フォロワー各位】
いつも浦沢義雄BOTのポストをご覧いただき、ありがとうございます。
突然ですが、3月6日(多分19時頃)を以て当BOTを終了することにいたしました。
自動ポストの停止ではなく、アカウントを削除いたします。
長きに亘ってのご愛顧、まことにありがとうございました。
(BOT主より)

— 浦沢義雄BOT (@urasawa_bot) 2026年2月23日

残念なニュースですが、今までお疲れ様でした。浦沢義雄さんが書いた作品の内容や浦沢義雄さんの発言などを垣間見られてとても面白かったです。

自動ポストの停止ではなく、アカウントを削除いたします。

と言う事ですので記事が閲覧不能になる可能性が高いですが、浦沢義雄愛好者の頭の中には記事の内容は永く残る事でしょう。

赤羽と王子の東映作品ロケ地へ行ってきた

今まで東映東京撮影所で制作された作品のロケ地を紹介しました。

hirofumitouhei.hatenablog.com

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今回は二箇所、紹介します。まず『それゆけ!レッドビッキーズ』第11話『橋の下でひろった子』(脚本:上原正三、監督:奥中惇夫)でアヤが「私、橋の下で拾われたのよね。」と涙を流す橋はおそらく、新河岸川にかかる中の橋です。

 
 
 
 
 
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制作当時から約45年経っているため、橋は架け替えられていますが、この橋は少なくとも『柔道一直線』の頃からロケ地として使われています。東京都道311号環状八号線の終点(東京都北区岩淵町)の近くにあり、大泉から自動車で行きやすかった事もあったのでしょう。

さて、ついでにここの近辺のロケ地も紹介しましょう。『それゆけ!レッドビッキーズ』第11話『橋の下でひろった子』でもチラッと映りますが、東北本線の貨物線の新河岸川橋梁付近は『電子戦隊デンジマン』でも映ります。

 
 
 
 
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また、すぐそばの堤防は『燃えろアタック』でジュンのライバル南郷あかねがバイクで登った堤防だと思われます。ただ制作当時より45年以上経っていて、堤防が嵩上げされたりして風景は一変してます。

 
 
 
 
 
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その他、下流の岩淵水門でも東映制作の番組でロケが行なわれていますが、今回は私は行きませんでした。

さて、ついでに赤羽からはちょっと離れていますが、同じ東京都北区にあるロケ地をもう一箇所紹介しましょう。『電子戦隊デンジマン』第23話『天井裏を歩く悪魔』(脚本:曽田博久、監督:よしかわいちぎ)の最後の場面で青梅大五郎(大葉健二)達が若松鉄夫(林家源平)を見送る橋はJR王子駅の南口のすぐそばにある陸橋です。当時とは違って東北新幹線が出来、東北本線や高崎線を走るのは115系からE231系やE233系になってしまいました。橋も塗り直されて柵が増えてしまいましたが、周囲の景色を観て、ここだと断定できました。

 
 
 
 
 
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『それゆけ!レッドビッキーズ』のロケ地を探してみた

東映チャンネルでは『それゆけ!レッドビッキーズ』の放送が始まりました。観るのはファミリー劇場での放送以来で『がんばれ!レッドビッキーズ』と違ってDVDの販売も動画配信もありません。なので忘れ去っていた事が多々あり、結構面白いです。

さて今回は、『それゆけ!レッドビッキーズ』のロケ地を探索してみたので、行った場所を挙げてみます。オープニングに登場する河原のグランドは特定できたのは以前書きました。

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ただ『それゆけ!レッドビッキーズ』が放送されたのは1980年8月29日 - 1982年3月28日で、今から40年以上前で、埼京線や東北新幹線ができてしまったりするなど周囲の景観は放送当時とかなり変わり、正解かどうかが判断しきれませんでした。ここだろうと言う場所を挙げましょう。行った順番で書くので放送順とは順番が変わります。

まず、第6話『女監督はどこへ?』(脚本:鷺山京子、監督:田中秀夫)最後の方の場面、河原でレッドビッキーズの面々が練習しているところへ(チームを抜けていた)モンタ、そして星野ゆかりが降りてくる場面で使われたロケ地だと考えて行った場所が、ここになります。当時は存在しなかったJR埼京線の浮間船渡駅が最寄駅の荒川の河原です。

 
 
 
 
 
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この辺りは前番組の『燃えろアタック』でもロケ地に使われています。

次に行ってみたのが第4話『エキシャ大当り!』(脚本:上原正三、監督:田中秀夫)で練習帰りのレッドビッキーズの選手達とエキシャが別れて自宅のあるマンションへと堤防を降りて行く場面で使われたと私が考えた場所です。

 
 
 
 
 
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奥の方に見えるマンションが第4話で見えたものと似ている気がしました。ここも浮間舟渡駅が最寄駅の場所です。ただ埼京線、東北新幹線、国道17号線を挟んで反対側にあります。

ただ四十数年の歳月は長く、荒川の堤防は当時よりも高くなっているようでした。

 
 
 
 
 
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と言うわけで残念ながら決め手に欠けるかなあと思っています。

ただ荒川沿いと言うのは間違いないと思います。

余談ですが、浮間舟渡駅の近くにはJAEの養成所と辻井啓伺さん率いるSTUNT TEAM Gocoo(スタント・チーム ゴクゥ)の練習場があります。

japanactionenterprise.com

www.stunt-japan.com

ウルトラマンタロウのスーツアクター その2 もとい マッハバロンのスーツアクター

今日(2025/09/16)の『あんぱん』も白けながら観ました。やなせたかしに対するリスペクトが足りないのではないかなあと思っていたところ、この本と出会い、原作に対するリスペクトが足りない作品は面白くなるわけがない、と言う事を再認識し、記事にすべく構想を練っていました。

books.shopro.co.jp

この本は『Dr.スランプ』や『ドラゴンボール』などの編集者を務めた鳥嶋和彦さんに天野龍さんがインタビューしたものを載せた本です。『Dr.スランプ』と『ドラゴンボール』のアニメ化に際してアニメ作品の制作を担当した東映動画(現在の東映アニメーション)の七條敬三プロデューサーとのやりとりについても載っていて、その中で鳥嶋和彦さんは「原作(『Dr.スランプ』)どおりにやってください」と七條敬三プロデューサーに頼んでも「できません」と言われて直されず、それが後々、『ドラゴンボール』で「もうダメだこれは。この人を降ろすしかない」と思って動き、森下孝三プロデューサーに交代させた話も載っています。鳥嶋さんはアニメが原作と乖離している事が許容できなかったのです。なお、上記の著書では七條敬三プロデューサーは名指しされていませんが、資料を調査するなどして事実関係を調査すれば、彼の事を話している事はわかる構成になっています。

上記の話を記事にしようと色々と資料を漁っていたところ、以前、記事にした動画の後編が公開されました。前編について取り上げた記事がこちらです。

hirofumitouhei.hatenablog.com

後編も『ウルトラマンタロウ』絡みの話になるのかなあと思っていたので『ウルトラマンタロウスーツアクター その1』と言う題にしたのですが、後編は『ウルトラマンタロウ』の次の仕事の話になっていました。その動画がこちらです。

youtu.be

さて後編では『ウルトラマンタロウ』が終わった後、『スーパーロボット マッハバロン』でマッハバロンを演じた話がまず取り上げられています。しかし、『スーパーロボット マッハバロン』は半世紀以上前に制作された作品なので長沢さんの記憶は曖昧なところが多く、タブレット端末を駆使して事実関係を検証しながらのインタビューになっています。本放送当時の私は幼かったので私は『スーパーロボット マッハバロン』を本放送では観ていませんが、小学校の春休みで行なわれた再放送で断片的に視聴し、後にDVDで全話観ました。インタビューしている人は前作に当たる『スーパーロボット レッドバロン』と混同していたのか、宣弘社制作と口走っていますが、実際は日本現代企画の制作です。ただ『スーパーロボット レッドバロン』の制作を日本現代企画は宣弘社から下請けされる形で請け負っているので『スーパーロボット レッドバロン』の制作にも関わった人が『スーパーロボット マッハバロン』のスタッフにも多かったのは確かです。

さて『スーパーロボット レッドバロン』のアクションを担当したのは若駒冒険グループでしたが、『スーパーロボット マッハバロン』のアクションも若駒冒険グループが担当したようです。長沢さんが「敵ロボット」に若駒の車邦秀さんが入っていた事を証言しています。長沢さんは若駒と直接の繋がりがあったわけではないようですが、ミラーマンやファイヤーマンを演じた西条満さんを通して話が来たのだそうです。日本現代企画のメンバーは元々円谷プロにいた人が多かった事や日本現代企画は『ウルトラマンタロウ』の第4話と第5話の特撮を下請けした事などから、西条満さんのところに話が来たのでしょう。長沢さんは『スーパーロボット マッハバロン』で全話マッハバロンを演じたかどうかの記憶が曖昧だったそうですが、タブレット端末で第1話の映像を観て、ウルトラマンタロウと同じような構えをしている場面があった事から、少なくとも初期はマッハバロンを演じている事が確実だという事が判明しました。

そして動画では『スーパーロボット マッハバロン』の次に行なった仕事についても話が及びました。長沢さんの記憶は『スーパーロボット マッハバロン』以上に曖昧で作品名も覚えていませんでした。ただ外国で放送された作品だと言うのを長沢さんは覚えていました。そこから『スーパーロボット マッハバロン』(のおそらく香港放送版)、『ウルトラ6兄弟VS怪獣軍団』とインタビュアーが推測して長沢さんに確認したのですが、長沢さんは「違う」と明言。そして最終的に『ジャンボーグA&ジャイアント』である事が判明したのですが、残念ながらどのキャラクターを演じたのかまでは長沢さんは思い出せませんでした。なお『ウルトラ6兄弟VS怪獣軍団』でウルトラマンタロウを演じていない事を長沢さんははっきりと明言していました。

さて『ジャンボーグA&ジャイアント』で長沢寛さんがどのキャラクターを演じたのかについて、X で情報が流れてきたので紹介しましょう。どうやら長沢寛さんはジャンキラーJr.を演じたようです。

なお『ウルトラマンタロウ』の制作状況については『「ウルトラマンタロウ」の青春』という本が詳しいです。長沢寛さんへのインタビューはありませんが、篠田三郎さんの証言が載っています。

ウルトラマンタロウのスーツアクター その1

記事の更新が途絶えてしまい、長い時間が経ってしまいました。連続テレビ小説『あんぱん』はやなせたかしの自伝や本などを読んで史実を知ってしまうと却って粗が目についてつまらなくなるという状態の出来で同じ高知県(と東京都)が舞台だった『らんまん』と比べて盛り上がりに欠けるなあ、そういえば東映チャンネルで今放送中の『スケバン刑事II 少女鉄仮面伝説』は盛り上がったのになあ、と白けていたところに小ネタが入ってきました。

ウルトラマンタロウ』でウルトラマンタロウスーツアクターを務めた長沢寛さんのインタビューが YouTube に上がってきたのです。正直申し上げて『ウルトラマンタロウ』自体には思い入れはないのですが、スーツアクターというのは過酷な仕事で制作の裏話を知るのは私は好きです。厳密には所属は違うようですが、ミラーマンやファイヤーマンなどのスーツアクターを務めた西条満さんやジャンボーグAスーツアクターを務めた坂本道治さんなどと一緒に仕事をしていた縁での起用だったようです。元々は国際放映に出入りして時代劇などに出演した事もあるようです。

タイトルを見ればわかりますが、この動画は前篇なので少なくとも後篇もあるようです。続きは未だ公開されていませんが、暫く経ったら公開される事と思います。

youtu.be

『まこっちゃん祭り』に行かなかったけど勝手にレポート

今回は2024/2/25(日)に開催された『まこっちゃん祭り』を取り上げましょう。澄川真琴さんを中心に、澄川さんのお子さんの樹里さんと澄川さんの夫の砂川真吾さんなどが登場したイベントです。

ところが私は行ってません。でも色々と情報が流れてきたので、それをペタペタ貼り付けて勝手にレポートしましょう。

なんとダイアナヒッププレスを披露したようです。この記事への返信から差し障りのなさそうなものを貼り付けて参りましょう。なお「次回」の構想があるそうです。その日付らしき情報もありましたが未確定だと思うので、それは貼らないでおきましょう。

これは砂川家の皆さんです。

「あのキック」とはなんでしょうか? どうやら舞台上でアクションも行なわれたようです。澄川さんが絡みの人がいないか探していた記事を観た事があります。

あら、JACにいた方もイベントに参加していたのですねえ。私は子供の頃は『がんばれ!レッドビッキーズ』のペロペロのような体型だったので運動は得意ではございません。

なお澄川さんと砂川さんとは同期で砂川さんと一緒にJACブラザーズとして活動していた真矢武さんと村松美香さんもメッセージを送り、会場で流されたそうです。

さてアクションだけではなくて皆さん、歌も披露なさいました。

樹里さんは初舞台だったんですねえ。そして、この歌はYouTube以外でも配信されています。

linkco.re

樹里さん開設のYouTubeチャンネルはこちらです。

www.youtube.com

いやあ、生で観たかった。次回が楽しみです。

さあ来週も(?)みんなで観よう(名古屋章談)

帰ってきたウルトラマン』次回予告より

『新堀和男とガチトーク!レッド・アクションを守り抜いた男のプライドとは?<危険すぎて配信ナシ!>』へ行った

前回の記事を書いてから70日くらい経ってしまいました。

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仮面ライダーBLACK』を降りた時の上原正三さんの如く、なんだか疲れてしまった感じでした。そんなある日、次のイベント開催の情報が流れてきました。

あ! でも大阪で日曜日の夕方までの開催となるとそれなりにエネルギーが必要だなあと悩んでいるところへ、今度は次のイベント開催の知らせが入ってきました。

t.livepocket.jp

こちらは土曜日に渋谷での開催で自宅から日帰りで行けますし、翌日が日曜日なので疲れても休めます。なので迷った挙句に『新堀和男とガチトーク!レッド・アクションを守り抜いた男のプライドとは?<危険すぎて配信ナシ!>』へ行く事にしました。

実は新堀和男さんやミチ・ヤマトさんとは別のイベントでお会いしています。新堀さんとは中野サンプラザで開かれた、誠直也さんとだるま二郎さんも登場したイベントでサインも頂いています。ツーショットの写真も撮影していただきました。

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ミチさんとは岡田勝さんも登場したイベントでチェキを撮っていただいていますが、私の目が確かならば、ミチさんが公開した動画で私も映っています。

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youtu.be

まあお二人が覚えていらっしゃるかどうかは定かではありませんが。

そしてアメリカを拠点に活動しているミチ・ヤマトさんがわざわざ来日して開催されることと、イベントで取り上げられる内容に私の食指が動きました。

youtu.be

第一部はまさにその動画通りの話が展開されました。時計を観る事は一度もなく、グイグイ引き込まれて聴いているうちに予定の1時間を10分近く超過して第一部は終了しました。その内容は「<危険すぎて配信ナシ!>」と銘打たれているのが伊達ではなくて全てを明かす事はできませんが(苦笑)、書いても大丈夫そうな事だと私が思うものを箇条書きにするとこんな感じです。まあどこかで新堀さんがお話ししている事も多かったと思いますが、初めて聞く話もありました。

  • 大鉄人17』の撮影はきつかった。ワンセブンの頭部を壊して休んでしまった事がある。これが理由で芸能界引退を決意した。
  • 引退後、飲食店で料理の仕事をしていたら、ある時、カシラ(高橋一俊さん)が何度かやってきた。それを見兼ねた「料理の師匠」から新堀さんが「一度会ってはどうか」と言われ、新堀さんはカシラと会う事にした。
  • それがきっかけで新堀和男さんはフリーランスとして『バトルフィーバーJ』でバトルジャパン役として出演。カシラのチーム(ビッグ・アクション)が降りてアクション担当がJACになった。自分も降りるつもりだったが慰留されて最後までやった。
  • 電子戦隊デンジマン』でデンジレッドを演じるようにと言われたので、そのまま演じ、『太陽戦隊サンバルカン』でもバルイーグルを演じる事になった。
  • (ここが本当の意味で決定打となったと私は思うのですが)サンバルカン撮影初期に腕を骨折。療養したのだが一週間(!)で復帰。新堀さん骨折療養時は当然代役が立ったが新堀さんほどの見せ場を作れず、結果、新堀さんがバルイーグルに復帰する事になった。
  • 周りの人はJACの人間だったので、新堀さんは本当に孤軍奮闘した。初めの方、話し相手は春田純一さんと大葉健二さんしかいなかった。二人とも新堀さんとは同年で『仮面ライダー』で一緒に仕事をしているから。(腹落ちの)飛び降りは大葉さんに教えてもらいながら技能を磨いた。
  • 何本かやっていくうちに今度は若い人が新堀さんを慕って面倒を見てほしいと言ってくるようになった。面倒を見るからには「バイトせずに食わせていかなくてはならない」それがレッド・エンタテインメント・デリヴァー結成に繋がった。
  • ロボ搭乗時の「コクピットアクション」をやろうと言い出したのは新堀さん。技の名前を叫んでスイッチを押すだけでは見栄えが悪いので何かやろうと発案した。なお私はつい最近までバトルフィーバーロボが電光剣唐竹割りを放つ時、メンバー全員が両腕を広げている事に全く気付かず、つい最近、東映チャンネルで『バトルフィーバーJ』を放送した時に気が付いたという体たらくでした(^^,。

確かにサンバルカンの骨折は危機だったと思います。でも、それが新堀さんの存在を印象づける事になったと思います。また、吉川進プロデューサーが新堀さんの技能を高く買っていたことも大きかったようです。

そして第二部は新堀さんのお弟子さんである福沢博文さんを交えた話になりました。福沢さんは最初は大野剣友会に入ったのですが、岡田勝さんから、(当時の)大野剣友会は大人向けドラマの仕事が中心で「子供番組」に参加する機会は少ない、と聞いたのだそうです。福沢さんは「子供番組」の仕事をしたかったそうです。そこで岡田勝さんが福沢さんを新堀和男さんに引き合わせて移籍させたのだそうです。最初は戦闘員などの絡みからスタートしたのですが、シンであるレッドを演じ、アクション監督も務め、ついには監督も務めるようになりました。ミチさんや新堀さんも交えた対談では役割分担や、昔と今の制作のやり方の違いなどの話も飛び出したのですが、私は所謂ニチアサの番組をほとんど観ていないので論評は不能です。ただ、CG担当の人とは撮影現場で打ち合わせをするという話は、円谷プロで合成担当の中野稔さんが撮影現場にも立ち会ったという話を思い出し、実は基本は今と昔と変わっていないのではないかなあ、と思いました。

第二部が終わった後、『アンコール』でまたミチさん、新堀さん、福沢さんが登場。レッド・エンタテインメント・デリヴァーのメンバー2名も交え、福沢さんが監督、新堀さんがシン兼アクション監督という形でアクションが披露されました。ここから動画はダメだけど写真撮影はOKという状態になったので撮ったのですが、私の技能の問題でご紹介できるのは手合わせの次の写真のみです。

最後のレッドアクション手合わせの様子

そしてチェキ準備の間に質疑応答の時間が即興で設けられました。私は思い切って新堀さんに質問してみました。もし、カシラ(高橋一俊さん)が来なかったら今はどうなっていたと思いますか? 新堀さんはしばらく考えた後、「板前」と答えたのでした。やはり、カシラこと高橋さんが新堀さんのところへ行ったのは色々な人の人生を決めたのだと思います。

物販やチェキも行なわれました。日程上の問題で私はチェキには参加せずに帰りましたが、とても充実した時間を過ごせました。運よく一番前の席に座ったのですが、登壇者の方と目があうことも多く、緊張しました。

さて実は澄川真琴さんにも伺いたいことがあります。もし大泉にある東映の東京撮影所でプロデューサーと会わなかったら今どうなっていたと思いますか? おそらく、あのイベントで『仮面ライダーBLACK RX』の話が出る事はなかったでしょう。そして私が『仮面ライダーBLACK RX』を観る事はなかったと思います。

なおミチさんはアメリカでマスクド・ライダーこと仮面ライダーBLACK RXスーツアクターをアクション監督兼任で務めています。『ビーファイターカブト』も担当したそうですが、パワーレンジャーと比べると制作環境は恵まれてなかったようです。ミチさんはその話もなさっていた事を付け加えておきましょう。