江戸プロフェッショナル・必殺商売人

この記事では必殺シリーズ第12弾の『江戸プロフェッショナル・必殺商売人』を取り上げましょう。初見の際はそのドラマ性の高さに惹かれたのですが、後から振り返ると「一筆啓上崩壊が見えた」と思ってしまいました。まあそれについては後述しましょう。

この作品は『新・必殺仕置人』の続編ですが、中盤で明かされるように『必殺必中仕事屋稼業』の続編でもあるのです。第1話はこんな感じの話です。絵草紙屋から不忍池のほとりにある灯台灯台守と「足力屋」と言うマッサージ業に商売替えしていた正八(火野正平)はある夜、二人の仕置人が殺しをするのを見かけます。一人は根津の花街で髪結と箱屋をしていた新次(梅宮辰夫)。もう一人は根津の花街で踊りの師匠をしていたおせい(草笛光子)。おせいが囮となり、安造(片桐竜次)と言う男を神社に誘き寄せた後、新次が殺したのです。正八は二人とは顔見知りでした。そして正八は腐れ縁が続いていた中村主水(藤田まこと)にその話をしますが、放っておけという感じの態度を主水はとります。念仏の鉄や糸井貢や赤井剣之介の最期を観てきた彼はもう裏稼業に興味はなかったのです。そんな主水に転機が訪れます。一つは妻のりつが妊娠して金が必要になったこと。もう一つは長崎から連れてこられた黒人奴隷の悲惨な最期を角兵衛獅子の大道芸をさせられている美代(斎藤こずえ)から相談されたこと。この二つの事件を通して主水は裏稼業の再開を決意し、美代に、根津の神社に金を払えば晴らせぬ恨みを晴らせる、と伝えます。ところがそれを新次とおせいが察知。役人の主水の普段の言動から、主水が仕置人だった過去を知らなかったこともあって、二人は主水と対決します。そこへ正八がやってきて、主水の真意を二人に伝え、一応、誤解は解けますが、殺しは新次とおせいが遂行し、後で主水は「分け前だ」と言われて新次から一両渡されるのでした。なお新次の得物は髪結いで使用する櫛。最初は歯の方で刺していたのですが、途中から柄の方を刺すようになります。

実は第1話は工藤栄一監督が演出する時に野上龍雄が書いた脚本からかなり改変されています。一つは黒人奴隷ではなくて東北出身の男が見せ物をさせられていたこと。改変された理由はテレビ朝日系列で『ルーツ』が放送されていたことに伴う商売上のもの。もう一つは脚本には主水も殺しを行なっていたと言う事です。なので『必殺商売人』も主水の殺しのない話が制作されたと言うわけです。新次とおせいは主水をなかなか信用せず、必殺仕業人ほどではないものの、新次とおせいグループと主水と正八グループに分かれた感じのギクシャクした関係が続きますが、「江戸プロフェッショナル」と銘打っているだけあって殺し屋としてのプロ意識は全員持っており、段々と打ち解けていきます。

私が『必殺商売人』を初めて観たのは中学1年生の頃でした。当時、テレビ朝日は毎週土曜日の昼間に必殺シリーズの再放送を行なっていました。『必殺必中仕事屋稼業』よりも先に観ました。なので『必殺必中仕事屋稼業』の続編でもあることには気づきませんでした。なおおせいが過去に仕事屋を営んでいたことは第13話で重右ヱ門(吉田義夫)の口から明かされます。草笛光子さんが登場したのはおそらく『必殺からくり人・血風編』と同じなのでしょう。

さて商売人ではありませんが、このドラマには秀英尼(鮎川いずみ)がレギュラーとして登場します。身寄りのない孤児を引き取って育てていますが、募金をして回るという役どころ。主に正八と絡みますが、新次とおせいなどとも面識があります。最終回で彼女の父親も仕置人で主水達が商売人だったことを知っていたことを明かします。

ただこの作品、最初に述べた通り、後の必殺シリーズ崩壊の予兆が見えてきた作品でもあります。まず一つ目は音楽担当がこれまでの平尾昌晃ではなく森田公一になったことです。それについて、櫻井洋三プロデューサーが『必殺シリーズ異聞 27人の回想録』に収録されたインタビューでこう証言しています。

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ーずっと平尾さんの音楽でしたが『商売人』『富嶽百景殺し旅』で森田公一さんに交代した理由は?
櫻井 喧嘩したんです。
ーえっ?
櫻井 平尾さんとこの事務所とぼくが喧嘩した(笑)。あそこのマネージャーの女性、お金の管理してる人と揉めちゃって「もう、やめや!」。パーンと、それから何本か蹴ったんです。だけど、そのあとで「まぁまぁ櫻井ちゃん、そんなに怒らないでよ」と平尾さんが詫び入れてきて、一生懸命またいい曲を作ってくれたしね、あの人の顔に免じて仲直りです。
ー音楽家の変更について朝日放送が難色を示したりは?
櫻井 なんにもありません。現場のことは一切ぼくに任せてくれましたから。

おそらく「新・必殺からくり人」が旧作の音楽ばかりになったのも上記のことが影響したのでしょう。

そしてもう一つは脚本から村尾昭さんが抜けてしまったことです。このあたりの事情について『必殺シリーズ異聞 27人の回想録』に収録されたインタビューでこう証言しています。

村尾 ぼくは後期の『必殺』というのは観てないんですよ。映画なんかもね。やっぱりぼくの世界っていうのはもう終わってるんですよ。自分が書いていた頃でね。だから「空桶たたいてカラオケ」なんていう話が出だしたころは、櫻井さんから声をかけられても見る気がなかったですね。なんかギリギリ生きてる人間のすごさみたいなものがなくなって、チャラチャラしてる人殺しなんてのは本来ならいないでしょう。だからそういった意味で派手な仕掛けばかりのドラマというのはもう書けなかった。

ただ、もし『必殺』が復活するなら、ぼくはやってみたいですね。またどんなものが自分のなかで湧きあがってくるかもしれないし、前以上の作品が書けるっていう気がしますよ。安倍さんにしても野上さんにしても、みんなそう感じてるんじゃないでしょうか。ほかにもいろんな作品をやられただろうけど、『必殺』だけは見事におもしろい番組だったと思っています。あれは本当に自分に酔って書けたし、のめり込んでましたからね。

『必殺』を書いている人間は、みんな自分の番組のように大切にしてました。それがいつの間にか監督や脚本家たちが争わなくなって、全体の内容も変わっていったんじゃないかと思います。ABCの仲川さんもすごい人でしたね。ぼくが「次はこんなストーリーをやりますからね」って言うと、こうしたらどうだって自分のアイデアを出してくれる人で、こちらの話を聞いているだけでわかってくれるプロデューサーでしたよ。

なおこのインタビュー自体は1996年に出された『必殺仕置屋稼業』傑作選LD解説書より再録・加筆修正されたもの。この時点で必殺シリーズのテレビ放送は途絶えていたため、「もし『必殺』が復活するなら」と証言しているわけです。またこの証言の内容、私が後期必殺シリーズの本放送や再放送をさほど熱心に観なかった理由を代弁しているように思います。「空桶たたいてカラオケ」と言うのは第5話「空桶で唄う女の怨みうた」(脚本:中村勝行、監督:松野宏軌)を指しています。たしかにそういう場面があります。『新・必殺仕置人』が面白かったのは悪ノリもあったけれども悪人も極悪で殺し屋も極悪だったから。後期必殺シリーズがつまらなくなったなあと私が思った予兆が現れていたと村尾さんは感じたのでしょう。

必殺商売人』の最終回で新次は死に、りつは女の子を出産するものの赤ん坊はすぐ死亡。その葬儀を抜け出して、江戸を去るおせいに通行手形を渡しに来た主水は「丸々と太ってなあ」とウソをつきます。そしておせいは江戸を去り、主水は喪主として葬列に参加。作品単体としては悪くはなかったと思うのですが、櫻井洋三プロデューサーは『必殺シリーズ異聞 27人の回想録』に収録されたインタビューでこう総括しています。

ーシリーズ第12弾『必殺商売人』(78年)では、りつ懐妊による主水の苦悩が描かれます。
櫻井 あれは失敗でしたなた。わたしからしてみれば、草笛さんはノリにノッてたけど、作品的には飽きまへん。生ぬるい。『必殺』というのはシャープさが必要なんですが、梅宮辰夫にはそれが足りんかった。

なお梅宮辰夫さんは『必殺必中仕事屋稼業』にもゲスト出演した山城新伍さんの紹介でキャスティングされたのだそうです。殺し屋の妻が妊娠して苦悩する話は『必殺必中仕事屋稼業』でも描かれ、印象に残る話を残したと私は思うのですが、櫻井プロデューサーは『必殺商売人』では失敗だったと総括しています。やはり『新・必殺仕置人』で頂点を極めてしまったのが影響していたのでしょう。