暗闇仕留人

この記事では必殺シリーズ第4弾の『暗闇仕留人』を取り上げましょう。

中村主水が正式にレギュラーとして登場した2つ目の作品です。この作品が作られたのは1974年。オイルショックが1973年に始まり、狂乱物価と呼ばれるほどのインフレが発生し、またベトナム戦争も未だ終わっていない時代でした。そんな世情を反映し、このドラマは黒船が浦賀に来航した直後から始まり、その後、黒船が再び日本にやってきた直後で終わる話になりました。中村主水が中心で彼を主役にした番組を作り続けるという発想は未だこの頃はなかったのです。なので主役は石坂浩二さん演じる糸井貢になりました。石坂浩二さんといえば石井ふく子プロデューサーの「ありがとう」にも出ていた俳優で慶應大学を出たインテリ。糸井貢は石坂浩二さんが配役された関係で生まれた人物と言えるでしょう。

糸井貢は高野長英門下の元蘭学者で本名は吉岡以蔵。高野長英を匿った関係で偽名を使い、主水と出会った時は芝居小屋で三味線を弾いていました。なのでインテリで理屈っぽいところがありました。芝居小屋で働いていた頃の得物は三味線のバチでしたが、後に山田五十鈴さんが演じた時に使用したバチとは違って仕掛けがしてあり、先端は半透明になっていたり、中に針が仕込まれていたりしました。後述する経緯で得物は変わります。また第14話には貢は登場しません。

さて殺し屋は中村主水とは、それぞれ義兄弟、つまり、中村りつの妹の夫または恋人という設定がつけられました。糸井貢の妻は中村せんの三女のあや(木村夏江)。中村せんの次女が妙心尼(三島ゆり子)という尼で俗名は妙でした。その妙心尼の愛人になっているのが石屋を営む村雨の大吉(近藤洋介)で彼は坊主頭の怪力男ですが学はなく、貢とは違って単細胞でした。糸井貢の知性を強調させるために大吉は生まれたと言えるでしょう。大吉の殺し技は心臓掴みによる心停止。ただ心臓マッサージも可能で第17話と最終話で披露します。また第22話では相手(山谷初男)が右胸心で苦戦したこともありました。また妙心尼が情事の最中などに言う「なりませぬ」と言うセリフは結構流行り『新・必殺仕置人』に再登場した時にも、このセリフが飛び出ています。

さて密偵は『必殺仕置人』にも登場した鉄砲玉のおきん(野川由美子)とおひろめの半次(秋野太作)が務めました。半次は第14話「切なくて候」で武蔵の府中出身である事が語られ、その話を最後に退場する筈…でしたが事故で第15話「過去ありて候」と順番が入れ替わってしまい、第15話が最後の登場になりました。本来は「過去ありて候」が先だったのはセリフからも明らかで第15話で

村雨の大吉「おめえ、在所はどこだ? 江戸じゃねえだろ。」
おひろめの半次「調布の先の府中ってところだよ。もっとも親父もお袋もとっくの昔に死んじまったがな。」

なんて会話を交わしているのです、第14話で大吉と半次は府中にある半次の実家へ行った筈なのに。こうなった経緯についてはこちらに書きましたが、本当に事故だったそうです。

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なおこの降板劇は秋野太作さんから申し入れがあったためにそうなったと京都映画の櫻井洋三プロデューサーは証言しています。

『暗闇仕留人』では中村主水、せん、りつは毎回登場するようになったのですが、主水の殺しがない話もいくつかあります。主水主役と言っても良い話の第4話「仕留て候」、そして倉田準二監督が演出した関係で潮健児さんや金子吉延さんがゲスト出演した第24話「嘘つきにて候」が該当します。厳密な意味での頼まれての殺しに限定すると該当する話はもっと増えます。なお中村主水が全ての話で殺しを行なうのは『必殺仕事人』が初めてなのです、実際は。

さて糸井貢は中村主水とともに殺しをするようになっても迷いが見られました。第2話「試して候」でかつての学友(中山仁)に言った

糸井貢「須貝、死んでくれ。」

が印象的です。そして殺した後の表情にも迷いが現れていました。貢は殺し屋になりきれてなかったのです。ですが第17話「仕上げて候」で敵となった組織に妻のあやが殺されてから否応なく貢の心境に変化が起きます。妻の形見となった簪で敵の首領(内田朝雄)を殺した後、研究を重ね、第19話「乗せられて候」からは絵師に転職し、得物も針が飛び出す仕掛けの仕込み矢立に変えたのでした。それからの貢は迷いがなくなったかのように見えたのですが、黒船が再びやって来た直後の話で最終話となった第27話「別れにて候」で再び迷いが生じます。貢は殺しをやっていて世の中が変わったかと迷い始めるのです。殺しを何のためにやるのかと問う貢に対して無学の大吉は生きるために殺しをやるのかと言い切りますが、中村主水は貢の心情を理解できたので答えられません。しかも今度の的は開国派の老中松平玄蕃頭(戸浦六宏)。そのため、貢は悩みまくった挙句に殺しに参加する事に決めますが今度は

松平玄蕃頭「わしを殺すと開国が遅れるぞ。」

の言葉を聞いて怯んでしまい、その隙を突かれて

松平玄蕃頭「バカめ!」

と貢は斬られてしまったのでした。松平玄蕃頭はその場に居合わせた主水と大吉が殺しますが、貢は心肺停止の状態になります。主水も大吉も衝撃を受け、大吉は泣き出す始末。主水は大吉に心臓マッサージをやらせて蘇生を試みますが、大吉の手当のかいもなく貢は

糸井貢「すまなかったなあ。」

と言い残して絶命してしまったのでした。これに衝撃を受けた主水、大吉、そしておきんは裏稼業を辞めることを決意。大吉とおきんは江戸を去り、貢の遺体は戸板に載せられて、ロンドンを流れるテームズ川にも繋がっている、と貢は語っていた大川に流されたのでした。この事件、後の中村主水には大きなトラウマとなるのでした。

『暗闇仕留人』の第1話と第27話の脚本を書いたのは國弘威雄さんで、彼は石坂浩二さんが演じる事を念頭において脚本を書いた事を認めています。必殺シリーズの出演自体がこれで最後になるかもしれないという思いもあったそうです。やはり『暗闇仕留人』の主役はクレジット通り、石坂浩二さん演じる糸井貢だったのでしょう。

主題歌の「旅愁」も名曲で歌った西崎緑さんの代表曲になりました。当時の彼女は15歳。その前年に平尾昌晃さんと出会い、平尾さんが必殺シリーズの音楽を手掛けていた関係で起用されたのでした。工藤栄一監督が演出した第1話などでも挿入歌としてかかっています。元々は日本舞踊の名取で芸名も西崎流の宗家であることに由来しています。余談ですが、後に『仮面ライダーBLACK RX』で2話に渡ってアクションを見せる役を演じるとは中1の時(1982年)に『暗闇仕留人』を初めて観た時、私は思いもしませんでした。あくまでも個人的な意見ですが吹き替えを駆使したのだと思います。まあ私は「仮面ライダーはストロンガーで終わった」のを実体験して更にスーパー1がいつの間にか終わった(と思った)こともあり、中1の時は仮面ライダーがまた作られる事自体が想定外でした。