新・必殺仕置人

この記事では必殺シリーズ第10弾の『新・必殺仕置人』を取り上げましょう。

必殺シリーズは継続しましたが視聴率では苦戦したそうで、切り札として『必殺仕置人』で江戸を去った念仏の鉄を登場させることになりました。念仏の鉄と中村主水が登場するので仕置人となったわけです。

さて念仏の鉄を演じた山崎努さんは同じ役を二度と演じない主義の持ち主なのですが、それについては『必殺シリーズ秘史 50年目の告白録』でこう証言しています。

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山崎 やっぱり楽しかったんだろうね。現場も、それから鉄という役も。また石っさんや中やん、京都映画のみんなと仕事がしたかったんですよ。

「石っさん」は撮影担当の石原興さん、「中やん」は照明担当の中島利男さんのことです。そして念仏の鉄はアドリブ満載。次のように証言しています。

-主水、鉄、巳代松(中村嘉葎雄)、正八(火野正平)、おてい(中尾ミエ)…新レギュラーの五人組がアジトに集まるシーンは、殺しの相談などでもアドリブ満載の見どころです。

山崎 みんな息が合いました。とくに嘉葎雄ちゃん。あの人もアドリブが上手いから、ボケたりツッコんだり、お互い自由にやってました。

アドリブをかましているのは正八を演じた、この人も同様です。『必殺シリーズ異聞 27人の回想録』から引用しましょう。

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火野 じっさい好き放題だったよな。山崎さんにある回でさぁ、「俺が質問したことに対して、膨満感とか緊張感とかいろんな〝感〟を並べてくれへん?」って言ったら、ものの見事にワーっとアドリブで並べてくれた。俺がそれを聞いて、こうやって(両手を挙げるジェスチャー)去って行っちゃうっていうね。そんな芝居も平気でやってくれたしね。

該当の場面は第17話「代役無用」(脚本:保利吉紀、監督:高坂光幸 (C) 松竹)にあります。こんな感じです。

念仏の鉄「まあ、つまり、その、初夜にもかかわらず、その若夫婦は何もしなかったとそういうわけだ。」
正八「おかしな話だろう。」
念仏の鉄「そのう、それはだね、結局のところ、男の下の方が勃たなかったっと、近頃、若者にそういう例、非常に多い。(正八、黙って立ち上がって振り返り帰ろうとする)つまりその、極度の緊張感による(正八、履き物を履き始める)劣等感の刺激によって海綿体への(正八、外へ出始める)充血感、疎外感と開放感、(正八、戸を閉める)これによって(正八が出て行った事に気づく)。」

とまあ、結構楽しんで制作していたようです。

さて念仏の鉄の殺し技は相変わらずでしたが、過去の話を『必殺仕置人』でやり尽くしたためか、鉄の過去はあまり語られず、女好きの設定が強調されました。しかし光あれば影もあり、今回は元締虎(藤村富美男)が率いる寅の会の配下にあるという設定が生まれました。虎は老人ですが、物干し竿という棍棒(バットにしか見えません)が武器です。虎の用心棒が死神(河原崎健三)で第1話を演出した工藤栄一監督により、実はギリアーク人であるという設定が作られました。遮光器をしたり武器を銛にしたのも工藤栄一監督の発案です。遮光器は氷の反射光を防ぐためにする物だと思うのですが、死神は何故か夜間に遮光器をしていました。

横道に逸れてしまいましたが、鉄の仲間も多士済済。二人目の殺し屋は巳代松です。彼は竹鉄砲を武器にする人情家です。竹鉄砲の改良にも余念がなく、火薬は裏ルートで手に入れているので仕置料を支払いに充てるという本末転倒な感じの設定になっています。彼は人情家で兄(山本麟一)の代わりに遠島になった過去がありますし、彼が主役となった話は大抵人情物になります。鉄とはお互いに殺し合ったことがきっかけで仲間になりました。

密偵は二人。全話に登場するのが絵草紙屋を営む正八です。結構優秀な密偵でしたが、鉄や巳代松や主水よりも若いためか甘いところがあります。

もう一人の密偵はおてい。彼女は鉄砲玉のおきん同様スリでした。後半はスケジュールの関係か登場しない話が多いです。

さて後半から観音長屋に屋根の上の男(マキこと星野事務所のマネージャーの真木勝宏)というふんどし一丁で屋根と屋根の間に渡した材木の上に座り、針もついてない釣竿をかざして何かいうだけの男が登場します。その経緯について、火野正平さんは『必殺シリーズ異聞 27人の回想録』で次のように証言しています。

-『新仕置人』の中盤からは星野事務所のマネージャーの真木勝宏さんが「マキ」として屋根の上の男というレギュラーを演じています。あれも現場の勢いから生まれたそうですが。

火野 完全に悪ノリだね。あいつも小遣いほしかったから、なんでもやるって言ってたよ(笑)。最終回で「こいつどう処分しよう?」ってなって、大名の御落胤にせいって、それまでのシーンと関係なく長屋に駕籠の行列がやってきて「殿、そろそろお帰りを」「うむ」って(笑)。そんなええかげんなことを、みんなで考えたんだから。あいつは信用金庫上がりなんだ。毎日人の金数えてんのイヤんなって、それでマネージャーになったとか言ってたな。いろいろ迷惑かけたけど、俺の秘密は守ってくれたし世話になったよ。

結構、緩急自在な作風で重い場面もあれば楽しい場面もあるドラマでした。最終回は脚本とは違って女郎屋で鉄は最期を迎えます。山崎さん自身、鉄を演じるのはもう限界だったと証言しています。

おっと、中村主水について語っていませんね。主水はこの作品では第三の仕置人。第1話で寅の会のセリにかかった関係から徹底的に彼が仕置人である事は隠され、死神も虎も知らず、最終回で暗躍する辰蔵(佐藤慶)も最後の最後まで知らなかった、という設定です。死神は仕置の見届け人なので「なぜ知らなかったの?」と思うのですが、そういう話だから仕方がありません。「仲良し五人組」も最終回では巳代松は廃人にされ、念仏の鉄は右手を焼かれてしまい、主水が面を晒す覚悟で出動。鉄は黒焦げにされた右手で辰蔵を倒すものの刺されて女郎屋へ行き死亡。巳代松はおていに連れられて江戸を去り、主水と正八は江戸に残って終わるのでした。

『新・必殺仕置人』は『必殺仕置人』同様にヒットしましたが、山崎努さんのスケジュールの問題もあって後半は鉄の出番が激減したり、髪が伸びたりしています。この作品が必殺シリーズの頂点だったのは確かだったと思います。