翔べ! 必殺うらごろし

この記事では必殺シリーズ第14弾の『翔べ! 必殺うらごろし』を取り上げましょう。

この作品、山内久司がオカルトブームに着目して企画した作品でした。『必殺シリーズ異聞 27人の回想録』で櫻井洋三プロデューサーがこう証言しています。

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-1978年スタートの『翔べ! 必殺うらごろし』は、超常現象をモチーフにしたオカルト時代劇です。森崎東監督が1・2話を演出し、脚本は特撮やアニメで活躍していた山浦弘靖さんが多くを執筆、音楽担当は比呂公一さんとスタッフ編成まで移植でした。
櫻井 あれは山内さんがものすごく自分の趣味でやらはった作品。こなし切れんかったなぁ。難しかった…。市原悦子さんも嫌がってましたで。「櫻井さん、もっとスマートな殺し方ないかしら?」って、そんなん殺し方にスマートもへっちゃくれもありますかいな(笑)。
市原悦子さん演じる〝おばさん〟がブスッと悪人を刺し殺すのがリアルで、中村敦夫さんや和田アキ子さんの殺し技もワイルドです。しかし視聴率は低迷してしまいます。
櫻井 山内さん、後で「あんなもん、よう企画したなぁ」とこぼしてましたよ。あの人は市原悦子が大好きで自分でキャスティングして張り切ってたんです。たしか市原さんのご主人と兄弟の先輩後輩かなにかで親しくて、山内さんが飛びついた。飛びついたんはええけど、「洋ちゃん、どうしよう?」と迷いもあったんですな。ぼくは市原悦子を押さえているのは知りませんから、この人なにを考えてんのやと思ったけど、もう任せてたら『うらごろし』ができた(笑)。

上記の証言が全てを物語っているような気がします。

さて主役は行者の先生(中村敦夫)で彼はおばさん(市原悦子)と出会います。おばさんは記憶を失って彷徨っていたのですが、先生は彼女が子供を探していることと過去に殺し屋をやっていたことを見抜きます。さらに世を拗ねて男装している若(和田アキ子)と二人は遭遇。若は先生に弟子入りすることにします。この3人に、以前、殺しの仲介をしていたという正十(火野正平)が加わり、「熊野権現のお札いらんかね」と売り歩く流れ巫女のおねむ(鮎川いずみ)がついていき、話が進んでいくのです。

先生は太陽の力を信仰する行者で自然のものしか食べません。朝日が登る中、成仏できなかった死者の魂の声を聞き、太陽エネルギーを得て超人的な力を発揮して出動、と言うのが大まかな流れでした。と言うわけで必然的に殺しは早朝に行なわれることになりました。先生の殺し技は大きな旗のついた木の棒を高く跳んでブッ刺すという豪快なもの。んなバカなと言いたくなる技ですが、必殺シリーズではこういう技はよくありましたねえ。

若は怪力の持ち主で殴って殴って殴りまくって殴り殺すと言うのが基本形。裏番組でかつて和田アキ子さんが演じたゴッド姉ちゃんそのまんまの役柄でした。彼女が起用されたのは、和田さんがゴッド姉ちゃんのイメージが定着するのを嫌って『金曜10時!うわさのチャンネル!!』を降板し、日本テレビからホリプロ所属の芸能人が全て締め出されたことも関係しているのだそうです。過去に『必殺仕置屋稼業』の印玄が使用した技が流用されているような気がしますが、基本はボクシングです。

さて山内久司さんが「しまった」と思ったのがおばさんの殺し技。ボソボソ喋って近づいて、一瞬の隙を突いて匕首を刺す暗殺剣ですが、まさに通り魔に襲われたが如く相手は呆気に取られたまま死に、更にはボソボソ言いながら匕首についた血を拭くのはリアリティがありすぎました。視聴者がドン引きしてしまうような迫力なのを山内久司プロデューサーは第1話の段階で気がついたのですが、「仕方がない」と最後まで続けたのだそうです。

さて密偵は正八もとい正十と若が務めています。おねむは一行に勝手についてきているだけですが、囮に使われることもありました。まあ、おねむは眠ってばかりのコメディー要員と言える存在でした、一応は。

第1話と第2話の演出を担当したのは森崎東監督で脚本は野上龍雄さんが担当。ですが『必殺シリーズ異聞 27人の回想録』に載っている野上さんの証言は次のとおりで、あまり覚えていないようです。

-シリーズ屈指の異色作『翔べ! 必殺うらごろし』(78〜79年)の第1話も担当しています。
野上 これも覚えてないなあ。手相をみるヤツだっけー?
中村敦夫さん演じる主人公の〝先生〟が、超能力を使う行者という設定でした。かなりオカルトな展開で。
野上 あぁ。あれは確か、中村敦夫を主役になにか作ってくれと言われて書いたんじゃないかな。「オカルト」という言葉は使わなかったね。「怪奇なもの」とか「霊的なもの」とか、そういう発想だった。でも、あれは単発のネタだね。山内さんはなんでもシリーズにしたがるんですけど、ああいうのは無理なんだよ。

なので乗り切れなかったのか、第1話と第2話しか野上さんは書いていないのです。似たようなことは森崎東監督にも言えたようで、中村敦夫さんが『必殺シリーズ異聞 27人の回想録』でこのように証言しています。

中村 力のある監督だったと思います。でも、リアリズムの人だからこの作品には向かなかったんじゃないかと思います。だから第1話で作品の構図がよく見えない。オカルトやフェミニズムというのはリアリズムとは別物ですから、かなりぶっ飛んだ発想の映像じゃないと無理なんじゃないかなとは感じていました。森崎さんの持つ泥くさい現実感…撮影の合間に、それこそ泥を持ってきてぼくの足袋を汚してくれるわけですけど、そういう番組じゃない(笑)。そこをリアルにしたってしょうがないかなって思っていました。

なおこの番組の殺し屋は女性二名で男性一名。そこから中村敦夫さんは当時のフェミニズムの流れを感じたようです。レギュラーに広げても女性三名で男性二名で女性が多くなっています。

さて作品自体については中村さんはこう証言しています。

中村 もうちょっと作品の意味づけが明確だったらよかったと思いますが、おどろおどろしいところばっかりが出ちゃった。企画倒れと言いますか…。なにを証拠に恨みをはらすのか? 受け取ったメッセージが本物なのか偽物なのか? そこのところが作品としてクリアじゃないんですよね。魅力的な題材なんですけど、こなすのは大変ですよ。やっぱり、〝なぜ見えるのか?〟という…あれは事実が見えるわけでしょう?

やはりスタートダッシュに失敗したことが尾を引いてしまったようです。「企画倒れ」というのが全てを象徴している気がします。

お話自体は超常現象の要素を除けば必殺シリーズでよく出てくるような話ばかりでした。たしかに第9話から参加した山浦弘靖さんが共作も含めて最多の9本を執筆していますが、他は過去の必殺シリーズを書いたことのある人達が執筆したのでした。山浦さんは途中参加ながら作品の特徴をよく掴んだ話を連発していたと思います。アニメや特撮も書いていますが、山浦さんは大人向けドラマも多く書いているのです。

この作品、当初は2クール26本の予定だったようですが、結局、23話の制作に留まっています。視聴率が低くて打ち切られてしまったからです。また出演者が体調不良で倒れることも多く、市原悦子さんが何回か出演していない他、終盤、和田アキ子さんは歌手生命の危機とも言える、肺気腫を発症して出演せず、最終回は高熱という設定で少しだけの登場に留まっています。

最終回の1話前の話でおばさんの記憶が蘇り、最終回でおばさんは子供のところへ向かいますが、そこで悪事に巻き込まれ、「先生」と叫びながら死亡。おばさんの匕首が先生のところに届き、残りの仕事を先生が続行するという変則的な流れになっています。一応、おばさんが記憶喪失になった件の伏線は回収されて終わりました。

なお音楽は火野正平さんの所属する星野事務所(当時)の社長の星野和子さんとも親交のあった比呂公一さんが担当しています。