怪奇大作戦 -上原正三の脚本家としての開花-

はじめに

この記事では上原正三が脚本家としての才能を開花させたと言える作品、「怪奇大作戦」を取り上げます。上原自身が述べている通り、これまで金城哲夫の助手としての地位に甘んじていた上原が一本立ちを始めた作品でもあるのです。

「マイティジャック」の失敗

さて「ウルトラセブン」でも述べた通り、円谷プロはフジテレビで「マイティジャック」というドラマを放送していました。放送時間帯は土曜日の午後8時から1時間。巨大戦艦マイティジャックに乗る11人(初期)のメンバーが秘密結社Qに立ち向かうというのが大筋の流れでした。制作費は1000万円。この作品が成功すれば円谷プロの累積赤字も解消されるに違いない、と円谷プロの人達は皆浮き足立っていました。

ところが、「マイティジャック」は失敗作に終わります。第1話「パリに消えた男」の視聴率は11.3%。裏番組にはNET(今のテレビ朝日)が時代劇「素浪人月影兵庫」を放送するなど強敵揃いだったこともありましたが、要因は別のところにもあります。要するに当時は特撮番組を大人が観る習慣がなかったこともあったのでしょうが、脚本の方も大人向けドラマを書いた人が中心に布陣され、金城哲夫は裏方に徹しました。結果、お話はマイティジャックのメンバーと敵や被害者との葛藤と言った人間ドラマに重きが置かれたものになってしまい、特撮が入る意味が希薄な中途半端な作品になってしまったのです。「マイティジャック」も再放送の機会が全くなかったので私は大人になってから観たのですが、非常につまらなかったのをよく覚えています。フジテレビは制作第1話(放送は第9話)を演出した野長瀬三藦地の演出能力を低くみていたそうですが、そもそも若槻文三の脚本もいまいちだったので野長瀬も腕のふるいようがなかったというのが真相でしょう。「マイティジャック」は第3話「燃えるバラ」が視聴率10%台をキープした最後の作品になってしまい、第4話以降は一桁に転落してしまいました。そのため、1クール13本で打ち切られてしまいました。流石にフジテレビも円谷プロに配慮したのか、続けて30分番組「戦え! マイティジャック」に模様替えさせ、2クール26本放送しましたが、もはや敗戦処理でしかありませんでした。

橋本洋二始動

さて「マイティジャック」が始まった頃、「ウルトラセブン」のプロデューサーが三輪俊道の他に橋本洋二もつくようになりました。よく「ウルトラセブン」が人間ドラマ中心になったのは橋本洋二が参加したからだと言われますが、それはファンの誤解です。橋本自身も上原正三もそのことを否定しています。橋本の役割は「ウルトラセブン」の後番組の企画と制作にあり、「ウルトラセブン」に参加したのは次の作品をどう言ったものにするかを決めるための調査を行なうためでした。実際、上原は「ウルトラセブン」の脚本の打ち合わせを最後まで三輪と行なっていますし、飯島敏宏や実相寺昭雄円谷プロに呼び戻したのも三輪です。

ただ橋本洋二が「ウルトラセブン」の次の番組の骨格を決めたのは紛れもない事実ですし、金城達に「隊長は"出動!"しか言わないんですか?」と聞いたのも事実だそうです。隊長だってその日の感情で「出動!」というニュアンスが変わるんじゃないんですかと橋本は思ったのです。これには金城哲夫も驚いていたと上原は証言しています。そして、これが橋本と金城のすれ違いの始まりになってしまったのです。

さて「ウルトラセブン」の次回作が科学を悪用する者との戦いを描くことは橋本によって決められ、円谷プロ、というより金城哲夫もその趣旨にそって…というよりはそったつもりで「科学恐怖シリーズ トライアン・ホーム」、「科学恐怖シリーズ チャレンジャー」というような企画書が作られました。ですが、橋本洋二が考えていたものと円谷プロが出してきたものとは大きな隔たりがありました。金城哲夫が考えていたのは科学を悪用するものに立ち向かうチーム側の人間ドラマを描くことでした。ですが、橋本洋二が考えていたのは科学を悪用するものの方の人間ドラマを描くことだったのです。要するに視点が別だったのです。この溝はなかなか埋まらなかった、というか、最後まで埋まりませんでした。橋本洋二は白石雅彦著「「怪奇大作戦」の挑戦」でこう証言しています。

橋本  要するに「スパイ大作戦」に影響されていたんですね。僕は、そういったものをやる気ない、ちゃんと人間を描いたものをやらないといけない、と伝えていたんですけど、あの頃金城さんは、「マイティジャック」の方で忙しかったでしょう。だからあまり打ち合わせをする時間がなかったんですね。その成果、企画書が出来ても、僕の考えとは根本的に何かが違っていたんです。

結局橋本は佐々木守に「死神と話した男たち」というプロトタイプというべき脚本を書いてもらい、スポンサーの武田薬品には、この脚本に書かれているような話を展開していきます、と説明することにしたのでした。白石は橋本が考えていた路線は「スパイ大作戦」ではなく「七人の刑事」のそれなのだと書いていますが、佐々木は「七人の刑事」も書いていたのでした。

制作第1話「人喰い蛾」放送延期

とりあえず番組の方向性をなんとか橋本洋二は決めましたが、制作第1話は金城哲夫円谷一のコンビで作ることになりました。この第1話を作る時もなかなか金城と橋本の意見は噛み合いませんでしたが、最終的に金城は自動車業界を牛耳ろうとした外資の産業スパイが鱗粉で人をとかしてしまう蛾を操って暗躍し、それにSRIの三沢達が立ち向かうという話を書き上げました。金城が描いたドラマは三沢らSRIが中心となったエンターテイメントドラマで橋本が目指していた人間ドラマとは方向性が違います。でも時間がなかったので橋本は妥協し、この話を第1話として制作をはじめました。なんとか「人喰い蛾」は制作が終わり、試写が行なわれたのですが、ここで事件が起きました。円谷英二が作品の出来に満足しなかったのです。人喰い蛾に襲われて人間が溶ける場面の映像に納得できなかったのです。これは橋本も同意していたようですが、「とりあえず局に持ち帰ります」と試写室では答えたそうです。ですが持ち帰って映画部長に見せたところ、彼も「これはひどいね」という感想を持ったそうです。なので「人喰い蛾」は制作をし直すことになってしまい、放送第1話に間に合わなくなってしまったのでした。「人喰い蛾」は結局第2話となりました。では放送第1話はなんだったのでしょうか。

第1話「壁ぬけ男」

「人喰い蛾」に代わって第1話となったのが制作第2話だった「壁ぬけ男」です。これは上原正三が脚本を書いていますが、話の内容は自らも脚本を書く飯島敏宏監督の発想が多くいかされたものでした。白石雅彦著「「怪奇大作戦」の挑戦」で飯島はこう証言しています。

飯島 今度の番組は"怪奇"路線だと聞いたとき、僕に浮かんだイメージは"怪人二十面相"とか、赤マントとか、子供の頃見た、浅草の見せ物小屋のイメージなんですよ。

おや? 飯島も根は娯楽重視の人ですから、実は橋本洋二とは視点が違いました。ですが、この話には金城が書いた「人喰い蛾」にはなかったものがありました。脚本を書いた上原正三の証言はこうです。

上原 これは飯島監督らしいエンターテーメントな作品だったね。過去の栄光が忘れられない怪盗の物語。

そう。「過去の栄光が忘れられない怪盗の物語」だったからこそ、この話が第1話に繰り上がったのです。奇術師・一鉄斉春光は脱出のマジックに失敗して引退しますが、怪盗キングアラジンと名乗り、怪人二十面相よろしく数々の宝物を盗んでいきます。ですが、最終的にはSRIの牧の活躍により悪事が露見。キングアラジンは湖底に潜り、最後は水圧で圧死するというのが大筋でした。確かに科学を悪用するもののドラマになっています。なので橋本はこう証言しています。

橋本 佐々木君の「死神と話した男たち」に一番近いのが「壁ぬけ男」だったんですよ。犯人の哀れさというか、ある種の情が出ているでしょう。ですから「壁ぬけ男」を第一話に持ってきたんです。

なお飯島の路線が橋本洋二の狙いと違っていたことは飯島も認めています。

第9話「霧の童話」

次に上原正三が単独で書いた脚本が「霧の童話」(監督:飯島敏宏)です。正確には第3話「白い顔」を金城哲夫と第8話「光る通り魔」を市川森一と共作していますが、どちらも上原はなおし程度の参加にとどまっており、元の話を発想したのは金城、市川の方です。ただ、市川との共作は円谷一監督の演出ですから、後者は円谷一の意見も入っているのだと思われます。

さて「霧の童話」はこういう話です。地方の村に外資の自動車メーカー「デトロイトモータース」の工場が進出することになりました。村は進出に賛成する若者と進出に反対する老人とで意見が真っ二つに割れてしまいます。そんなある日、賛成派の若者が落武者の亡霊に襲われる事件が起きました。村には戦国時代の落武者伝説があったのです。落武者の祟りに違いないと言い出すものまで現れました。SRIの三沢の調査で事件は旧日本軍で毒ガス製造に関わっていた老人が霧の中にある種の催眠ガスを混入させて反対派を錯乱させるという手口だったことが判明します。SRIは引き上げますが、その直後、村が鉄砲水に襲われ、全滅してしまうのでした。

この話は上原正三の発案によるものです。そして外資の工場に支配されるのに老人が抵抗するというのは沖縄問題をも暗示させます。上原は白石雅彦著「「怪奇大作戦」の挑戦」でこう証言しています。

上原 それまでは金城の後追いで、いわば亜流だったんだけど、「怪奇大作戦」をやってみて、こんなことをやってもいいんだ、という手応えがあった。それはやはり橋本洋二の存在が大きいよね。

このことが後に上原と金城の人生に大きな影響を与えてしまいます。

第15話「24年目の復讐」

こうして手応えを得た上原は続けて2本の脚本を書きました。この2本も沖縄問題を織り込んだものになりました。

まず鈴木俊継が監督を務めた「24年目の復讐」は横須賀を舞台に旧日本軍の元軍人が水棲人間と化し、敵国アメリカの兵隊を襲うという話です。今もそうですが横須賀は米軍基地の街です。ドルで支払いができる店もあるくらいです。当時まだ沖縄は日本に返還されておらず、アメリカの支配下にありました。道路も車が右側を走っていたのです。ただこの作品、少々残念なことに脚本では「奇っ怪な水棲人間」「黒い人間」と記述されているのですが天本英世演じる元軍人は旧日本軍の兵士そのままの姿になっていました。また最後は元軍人はアメリカの戦艦に向かって特攻していくのですが、脚本では三沢の撃ったピストルの弾が当たって爆発するのに対し、映像ではいつの間にか中途で元軍人が自爆するという流れになっており、なんか消化不良な感じを残してしまいます。私は先に脚本を読んでいたので元軍人が元軍人の姿のままだったのを観て初見の際は唖然としたのを覚えています。

第16話「かまいたち

続く第16話は変化球的に沖縄問題を取り上げた「かまいたち」(監督:長野卓)です。これは地方から上京した工場の工員が連続無差別殺人事件を起こすという話です。上原はアルベール・カミュ原作の映画「異邦人」からこの作品を発想したようです。「異邦人」の舞台はフランスの植民地だったアルジェリア。それに日本とアメリカの植民地だった沖縄の姿を重ねたのです。金の卵と言われた地方からの上京した人達の姿が沖縄から上京した自分とダブって見えたのかもしれません。

さて牧は直感的に犯人が誰なのかを悟ります。ですが野村に理由を聞かれても牧には説明ができません。上原が意図して書いたのかは定かではありませんが、この話は誰もが連続殺人事件を起こすような狂気を抱いているということもテーマになってしまったのです。この話では犯人は一言もセリフがありません。最後、取調室でも黙りこくっている犯人をみて、完成作品では上原の脚本にはない、次の牧のセリフで締め括られています。

牧(声)「真面目で…、おとなしくて…、イタチのようにおどおどした目のこの男が…、どうして…?」

脚本にないということは監督の長野卓が追加したものです。長野は牧、いや誰もが持っている人間の狂気に着目してこの話を映像化したのは間違いありません。この主題はリメイクに当たる「怪奇大作戦 ミステリー・ファイル」第4話「深淵を覗く者」で、牧が犯行に共感を覚えたかのように犯行に使われたものと同じような真空切断装置を試作してしまい、警察に犯人として疑われるという形でより強調されることになってしまうのでした。なお題名の「かまいたち」は真空切断装置によって起こる真空状態にちなんで作られています。

おわりに

この記事では上原正三が脚本家として才能を開花させた「怪奇大作戦」を取り上げました。次は円谷プロを辞めた上原の足跡をたどっていきます。

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