金城哲夫の苦悩

はじめに

この記事では「帰ってきたウルトラマン」第11話「毒ガス怪獣出現」を書いた金城哲夫を取り上げます。

対馬丸事件を書けず…

金城哲夫円谷一のコンビが「怪奇大作戦」の第1話を結果的に制作できなかった話は以前書きました。

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その時は端降りましたが、「人喰い蛾」を書く前、金城は「海王奇談」と言う話を書いていました。自信満々で金城はこの話を書いていたのですが、橋本はOKを出しませんでした。金城はショックを受けましたが、「海王奇談」に欠けていたテーマを彼なりに考え、対馬丸事件を取り上げる事を思いつきました。太平洋戦争中の1944年8月、対馬丸という船が疎開船として民間人や児童ら計約1,700名を乗せて那覇から長崎へ向かう途中、アメリカ海軍からの魚雷攻撃を受け沈没した事件です。金城は橋本に連絡し、橋本もこれにOKを出しました。ですが、金城は対馬丸を題材とした脚本を書き上げることができず、結局、「人喰い蛾」が書かれたのでした。この件について、上原正三白石雅彦著「『怪奇大作戦』の挑戦」で、こう推測しています。

上原 それは金城が沖縄戦を体験していたからだと思うよ。僕は九州の方に疎開していたから、沖縄戦を知らない。だから戦争をテーマにしたものが書けたんだよ。しかも金城のお母さんのツル子さんは、アメリカの機銃掃射で片足をなくしているだろう。

金城の母親ツル子の足を奪ったのは米軍飛行機の機銃掃射でしたが、逃げる金城一家を保護して引き合わせたのも米軍でした。沖縄戦で金城は辛い体験をしました。上原の言う通り、対馬丸事件はそのトラウマを刺激するものだったのかもしれません。

レッドハット作戦

金城哲夫が「怪奇大作戦」の放送中に沖縄へ帰郷したのは以前書きました。金城は日本と沖縄の架け橋になりたいと思っていました。その思いもあって帰郷したのでしょう。その金城が帰った沖縄はアメリカの占領下にありました。

1969年7月18日、沖縄県美里村の知花弾薬庫(現・沖縄市の嘉手納弾薬庫地区)内の「レッド・ハット・エリア」で致死性のVXガス放出事故が起き、アメリカ軍人ら24人が病院に収容されたことをウォール・ストリート・ジャーナルが報じました。これにより、知花弾薬庫に毒ガス兵器が存在することが明らかになり、アメリカ軍もこれを認めました。貯蔵量は致死性のものを含め1万3千トン、アメリカ合衆国以外で配備されているのは沖縄だけだと伝えられて、知花弾薬庫付近の住民は不安と恐怖に包まれ、怒りの声が広がりました。当然、反対運動が盛り上がりました。そのため、アメリカ軍は毒ガスを知花弾薬庫から移送することになりました。それがレッドハット作戦です。移送作業自体は1971年1月と7月の2回行なわれました。金城が帰郷した時、沖縄では、この騒動が物議を醸していたのです。

第11話「毒ガス怪獣出現」

さて金城哲夫が一時的に上京した時がありました。その時に書かれた脚本を元に制作されたのが第11話「毒ガス怪獣出現」(監督:鍛治昇、特殊技術:高野宏一)です。脚本執筆を依頼したのは満田かずほだと上原正三も証言しています。

あらすじはこんな感じです。パトロールの途中で帰ってきた上野を岸田は叱責します。岸田はオジが長官を務めていることからも分かる通り、軍人一家なのです。激怒した岸田はそのまま上野を残し、代わってマットアロー2号で飛び、山の中で時代劇のロケ隊が全員変死を遂げていたのを発見しました。岸田の通報で郷と南も現場へ飛びました。なお、脚本では現場近くで郷や南が謎の崖崩れを目撃したり、何かの咆哮を聴く場面があったそうですが、映像では後にセリフで語られるのみです。閑話休題。現場には撮影フィルムが残っており、MATは現像して撮影された映像を見ました。現場に霧状のガスが立ち込めてスタッフ・キャストが倒れていく様子や、怪獣らしき巨大なものが見えるのがフィルムには残されていました。そこへ佐竹参謀が入ってきました。調査の結果、ロケ隊の死因は旧日本軍が開発したイエローガスであることが判明したと言うのです。岸田は何か言いかけますが、毒ガスの恐ろしさを糾弾する南の言葉を聞いて、何も言い出せず、鎮痛な表情になります。帰宅した岸田は母に問いただします。岸田には自殺した兄がいました。その動機は岸田の父がイエローガス製造に関わっていたからではないかと。そして岸田は父の日記を読み、事件が起きた辺りにイエローガスが投棄されていたことも知ります。それからしばらく経ったある日、事件現場付近で岸田はチェーンソーを使う木こりに警告しますが、その懸念は的中。怪獣モグネズンが現れ、ガスをはきます。岸田は確信しました。モグネズンがイエローガスを食べ、はいているのだと。岸田はこの事件は自分一人で決着をつけると。そして岸田はマットアロー2号で単身出撃。その様子を見た郷は岸田の様子がおかしいことに気づきます。岸田はマットアロー2号でモグネズンと戦いますが、結局、叩き落とされ、重傷を負います。そして郷は岸田の母から、岸田家の忌まわしい過去を聴き、今度は自分が岸田に代わって怪獣を倒すことを決意します。そしてマットアロー1号に乗る加藤隊長と丘は郷がマットアロー2号で出撃するのを目撃します。郷は特殊ネットでモグネズンの口を塞ぎ、地上からマットシュートで攻撃しました。しかし、モグネズンはネットを外し、イエローガスをはきました。苦しむ郷。ピンチに陥ったその時、郷はウルトラマンに変身しました。しかし

ナレーター「怪獣のはく毒ガスはウルトラマンの生命をも刻一刻と奪おうとしていた。立て、ウルトラマン。」

この場面を観た時、私はウルトラマンの姿が金城哲夫とダブりました。金城哲夫が苦悩しているように見えたのです。この話を初めて観たのは大学生になってから。中央公論ルポルタージュ金城哲夫の生涯を私は知っていました。沖縄に帰った金城哲夫が苦悩したことを知っていました。それとダブって見えたのです。閑話休題。その時、加藤隊長は南と上野が乗るマットジャイロが飛んでくるのに気がつきました。

南「あ、ウルトラマンが危ない。」

上野「可燃ガス投下準備よし。」

そして可燃ガス弾が投下されました。

南「さあ、ウルトラマンスペシウム光線で点火するんだ。」

この南のセリフがカッコイイです。南の声が聞こえたのか、それまで毒ガスに苦しんでいたウルトラマンは立ち上がり、スペシウム光線を発射。可燃ガスは燃え上がり、と同時に「ワンダバ」BGMが流れます。モグネズンはイエローガスをはきまくりますが、燃える可燃ガスの威力で効力は失われました。形勢逆転。ウルトラマンは勝利しました。

事件解決して、ここはMAT国連病院。松葉杖をつきながらも岸田が退院します。

岸田「チームワークを乱して、申し訳ありませんでした、隊長。」

加藤「もう何も言うな。怪獣は死んだんだ。毒ガスという名の憎むべき怪獣もな。これでみんな、安らかな眠りにつける。」

岸田「はい。本当に。」

岸田は郷を黙って見ました。そしてMATのメンバーは岸田を連れてマットビハイクルで去るのでした。

上原正三の感想

さて上原正三はこの話に複雑な感想を抱いたようです。白石雅彦著「『帰ってきたウルトラマン』の復活」でこう語っています。

上原「毒ガス怪獣出現」は、上京した金城に、満田が書かせたものなんだけど、無理をしているね。つまり橋本洋二に合わせているんだよ。『怪奇大作戦』のリベンジじゃないだろうけどね。彼はメインライターじゃなかったし、あの雰囲気では難しかったんだろうね。金城の場合は、彼がメインライターで、第一話から書いてもらわないと駄目なんだよね。

また、これに先立って出版された白石雅彦と荻野友大編著「帰ってきたウルトラマン大全」ではさらに踏み込んで、次のように語っています。

メインライターとして、他の作家はどんなものを書くのか常に目を配る必要がある。同じ様な素材だと困るからね。その場合、ゲスト作家の作品を優先して自分の素材を引っ込める。ゲスト作家に自由に書いてもらうのがルールというかエチケットというか。だから2クールに入って子供を意識してきたというのは、逆に言えばこの辺で一皮剥けて来たのかも知れないね。余裕が出てきたというかな? メインライターとしての自覚というか、少し慣れたといえばおかしいけど。

金城哲夫、1本書いているけど書きにくそうだったな。自分が企画したウルトラマンじゃないからね。メインライターというのは企画の立ち上げから自分の世界観を確立してそれに沿って書き進めるわけだけど。あの時の金城は他人(ボク)が創り上げた企画を書くわけで、それは彼にとって初めての経験だったんじゃないかな。しかも金城の場合は一度ウルトラマンを捨てている。でもオレのウルトラマンのほうが面白かったと心のどこかで思っている。ウルトラの星だった男のプライドだよね。脚本(『毒ガス怪獣出現』)を読んだとき、金城哲夫の作品じゃないと思ったもんね。だからもっと伸び伸び書かせてやりたかったなって。変に橋本さんを意識したんじゃないのかな? それに応えようとしたんじゃないのかな? それにしてもあの頃の金城哲夫は元気なかったな。借りてきた猫みたいに。だからもの凄く淋しい思いをして沖縄へ帰ったと思うよ。

確かにこの話は「ウルトラマン」で書いていたような太陽のように一点の曇りもなく、ピュアなエンターテイメントではありません。上述したレッドハット作戦を元にこの話を書いたのは間違いありません。私も無理して書いたのではないかと思います。ただ岸田家の忌まわしい過去を独りで清算しようとした岸田の姿はそれまで金城が描いてきた登場人物にダブるような気もします。

あと、上原の感想を見て思ったのは、上原自身も本当は郷と岸田の和解を書きたかったのではないかなということです。白石雅彦も指摘していますが、第10話までの「帰ってきたウルトラマン」ではMAT隊員の内面に焦点を合わせた話はほとんどありませんでした。まあ第9話「怪獣島SOS」で南が主人公になったくらいです。まあ一応、郷の父親のような存在の加藤隊長、郷に優しい南、郷とは対立する岸田、郷とは対立もするし仲良くもする上野、郷と岸田のどちらにも中立な丘、といった色分けはされていましたが。もっとも、金城が岸田を主人公にしたのは毒ガス事件を扱うのに最適な、軍人一家という設定を岸田が持つからであって、深く考えてMAT隊員の内面に焦点を合わせたわけではないのでしょう。ですが、上原もこれ以後は郷とMAT隊員が対立する話は書かなくなったも確かです。

おわりに

この記事では「帰ってきたウルトラマン」第11話「毒ガス怪獣出現」とその脚本を書いた金城哲夫を取り上げました。

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