伊上勝の紙芝居

はじめに

この記事では「帰ってきたウルトラマン」第9話「怪獣島SOS」(監督:本多猪四郎、特殊技術:高野宏一)と第49話「宇宙戦士 その名はMAT」(監督:松林宗恵、特殊技術:真野田陽一)の脚本を担当した伊上勝を取り上げます。

略歴

伊上勝は1931年7月14日。群馬県出身で群馬県立高崎高等学校を卒業後、明治大学に進学。文学部でフランス文学を専攻し、27歳で卒業。宣弘社に入社します。遅咲きだったんですねえ。さて宣弘社の本業は広告代理店でしたが「月光仮面」などのテレビ番組も制作していました。伊上も宣弘社の作品で脚本を書くようになり、後に「ウルトラQ」の放送枠になるタケダアワーで放送された「隠密剣士」も書いています。もっとも私は宣弘社時代の伊上勝作品を観たことは全くありません。

1965年に宣弘社を退職し、フリーの脚本家になります。1966年には「悪魔くん」の脚本を担当。ここで平山亨と出会います。元々平山は「隠密剣士」を観て伊上勝に興味を抱いており、朝日ソノラマ編集長の坂本一郎に伊上の紹介を要望し起用したそうです。以後は平山亨がプロデューサーを務める作品を執筆します。私には東映作品のイメージが強いです。

参加の経緯

実を言うと、私は伊上勝が参加した経緯を明確には知りません。ただ伊上勝は「柔道一直線」の前番組「妖術武芸帳」の脚本13本を全て執筆していました。その関係で橋本洋二と知り合ったのでしょう。白石雅彦と荻野友大編著「帰ってきたウルトラマン大全」での田口成光の証言を紹介しましょう。

伊上勝さんは違う血を入れようと言うことで最初に入ったと思いますけど、苦戦してましたねえ。一さんがOKしても橋本さんがNGってことも多かったです。当時の伊上さんにそんなことできるのは橋本さんだけだったんですけど、自由奔放にパアッと書く人だから、話が打ち合わせ段階とどんどん変わって行っちゃったりするんですよ(笑)。僕の知り合いで伊上さんの原稿取りに行って朝一本、昼一本、夜一本なんてことがあったとかも聞きましたけど(笑)。もっともあの頃の30分ドラマというのは100メートル走みたいなもので、とにかく一息でパーッと書けって言われてましたからね。佐々木守さんも30分ものは3時間で書いていたようですよ。

まあ同時期に伊上勝がタケダアワーの「ガッツジュン」も担当したことから考えると「帰ってきたウルトラマン」に伊上勝を加入させたのは橋本洋二の意向だった可能性が高いと思います。なんとなくですが、金城哲夫と四つに組もうとしたように、伊上勝とも四つに組みたかったのだろうと思います。

ただ田口が指摘している通り、橋本洋二のテーマ主義に伊上勝がピタリとはまっていたとは言い難いと思います。伊上勝が書いていた東映作品を思い浮かべてみましょう。伊上勝の息子で同じく脚本家の井上敏樹は、伊上のシナリオはシーンの繋がりを考慮せず美味しい場面を羅列した「紙芝居的」な作風と評しており、紙芝居を作っていた時の手法のまま執筆していたのではないかと推測しています。で私も井上のその意見を読んだ時、その指摘は正しいと手を叩きました。本当に紙芝居のような作風だからです。

例えば佐々木剛演じる一文字隼人が初登場した「仮面ライダー」第14話「魔人サボテグロンの襲来」を思い出して見ましょう。一文字隼人は藤岡弘、が撮影中の事故で重傷を負って出演不能、と言うよりは俳優生命自体も危機に陥っていたために急遽登場したキャラクターです。スタッフは藤岡弘、演じる本郷猛を殺してしまおう、と言い、実際、石ノ森章太郎が描いた原作漫画では本郷猛は11人の仮面ライダーに襲われて怪我だらけになって肉体を失い、脳だけの姿になってしまいます。ですが子供の夢を壊したくないという平山亨の意見で本郷猛を殺す案は亡くなり、代わりに一文字隼人が登場することになったのです。そのような事情があったとは言え、伊上勝は一文字隼人に、本郷はショッカーを追ってヨーロッパへ行った、緑川ルリ子も後を追った、自分が日本を守る、とセリフで言わせただけで、この交代劇を描いているのです。この話を物心がついて「初めて」観た時、私は唖然としたのを覚えています。これって手抜きじゃないの? 似たような指摘は毎日放送からもされていたのだそうです。

ですが、伊上勝の書く話が面白かったのも確かです。「仮面ライダー」を思い出してください。ストーリーらしいストーリーなんてないでしょう。ただ仮面ライダー(本郷猛・一文字隼人)とショッカー(またはゲルショッカー)との戦いを描いているだけです。面白い場面が紙芝居のようにパッパと並び、しかもテンポ良く次々と変わっていくんです。これは伊上勝がメインになったから得られた作劇だったと私は思います。当初の予定通り、上原正三市川森一も参加していたら、後の「シルバー仮面」のような作品になっていたかもしれません。もしくは旧1号編のような話がずっと並んだ事でしょう。「仮面ライダー」のヒットは2号が作ったようなものですから、確実に時代は変わったに違いありません。

幻の第3話「呪われた怪獣伝説〝キングザウルス三世〟」

前置きが長くなってしまいました。話を「帰ってきたウルトラマン」に戻しましょう。さて伊上勝の初登板は第9話ですが、実はその前に第3話の予定で脚本を書いています。その名は「呪われた怪獣伝説〝キングザウルス三世〟」です。この怪獣の名前に聞き覚えがあるでしょう。そう。キングザウルス3世は元々伊上勝が書いた脚本に登場する怪獣だったのです。私はキングザウルス3世が元々伊上勝の書いた脚本に登場する怪獣だったことは知っていましたが、その詳細…と言えるものを知ったのはつい最近、白石雅彦著「『帰ってきたウルトラマン』の復活」を読んでからです。と言うわけで同書から引用しましょう。

脚本は、宣弘社や東映作品でお馴染みの伊上勝で、準備稿の印刷は二月一日。伊上は本作品が、『帰ってきたウルトラマン』初登板だった。本作品に登場するキングザウルス三世は、ト書きに〝長く首を伸ばしたザウルス三世〟とあることから、池谷仙克が番組制作に先んじてデザインしていた四足歩行タイプの怪獣を念頭において執筆されたことは間違いない。骨格標本から甦ったキングザウルス三世は、アトランティスを滅ぼしたと言われる怪獣で、人語を解し、バリア(脚本表記は電磁防御網)を張り身を守ることが出来るという強烈なキャラクター性を持っていた。その意味ではシリーズ初期を飾るにふさわしいインパクトを持った怪獣だったが、内容はキングザウルス三世を意のままに操ろうとする茜博士を描く、典型的なマッドサイエンティストもので、『帰ってきたウルトラマン』初期のフォーマットには収まりにくい脚本だった。

なるほど。これは「一さんがOKしても橋本さんがNG」となりそうな話ですね。残念ながら私の知識もこれ以上はありませんが、それはとにかく、この脚本は準備稿でキャンセルとなり、怪獣のデザインが既に決まっていた関係で、上原正三が第4話「必殺! 流星キック」を書いたのでした。伊上勝は多忙だったこともあり、第9話を書いた後、「帰ってきたウルトラマン」からは一旦離れたようです。

第49話「宇宙戦士 その名はMAT」

ですが、終盤に突如伊上勝の脚本が映像化されます。この話はミステラー星人の戦闘隊の「エース」(人間態は村上不二雄、スーツアクターは斎藤忠治)が戦いに疲れ果てて娘(人間態は古屋まゆみ)を連れて地球へ逃亡、安らかに暮らしていたところを、MATやウルトラマン目当てに戦闘員を補充しに地球へやって来たミステラー星人の「戦闘隊長」(人間態は森本景武、スーツアクターは遠矢孝信)に見つかり、娘を「人質」にすると脅されて渋々協力させられる、と言うのが大筋です。

この話、白石雅彦が「『帰ってきたウルトラマン』の復活」で指摘した通り、「隠密剣士」第6部6話「忍者変幻黒風斉」や「仮面の忍者赤影」第1部10話「怪忍者黒蝙蝠」で使われた、抜忍物のストーリーを流用したことは間違いないでしょう。忍者を脱走兵に置き換えたわけです。この説を私も支持します。というか、このプロットは後に「変身忍者 嵐」でも「忍者キャプター」でも使われているからです。また「仮面ライダーV3」第15話「ライダーV3 死の弱点!!」(監督:塚田正煕)に登場する岡島博士(有馬昌彦)も似たような経歴を持った人物です。しかも彼には岡島珠美(泉陽子)と言う娘までいます。

ですが、この話をよく見るともう一つのプロットも流用された可能性も見えて来ます。この当時、「仮面ライダー」も放送されていました。上原正三市川森一も企画に参加し、伊上勝がメインで脚本を書いていた、あの作品です。第49話が放送されたのは1972年3月17日。その年の正月、仮面ライダー1号が日本に復帰し、九州の宮崎と鹿児島で2号と共に死神博士と戦っています。第47話「マグマ怪人ゴースター 桜島大決戦」(監督:山田稔)で死神博士はゴースターに敗れた仮面ライダー1号を捕らえ、脳波コントロール装置を頭に取り付けて仮面ライダー2号と戦わせています。第49話でミステラー星人「戦闘隊長」は郷以外のMATの隊員を捕らえて操り、ミステラー星人「エース」の娘を上野と丘に拐かそうとさせたり、ウルトラマンと戦わせようとしたりもしています。よって第49話は「仮面ライダー第47話「マグマ怪人ゴースター 桜島大決戦」のプロットも流用した可能性があるのではないかと私は思います。

井上敏樹は、伊上勝は紙芝居を作っていた時の手法のまま執筆していたのではないかと推測していましたが、これは紙芝居の絵を並び替えて色んな話を書いていたことも指しているのだろうと思います。

おわりに

この記事では「帰ってきたウルトラマン」第9話「怪獣島SOS」(監督:本多猪四郎、特殊技術:高野宏一)と第49話「宇宙戦士 その名はMAT」(監督:松林宗恵、特殊技術:真野田陽一)の脚本を担当した伊上勝を取り上げました。

伊上勝が活躍したのは意外と短く、私の認識では1980年の「仮面ライダースーパー1」が実質的な最後だったと思います。私が今見返してみても、1979年の「仮面ライダー(スカイライダーの方)」では限界に達しており、プロデューサーに復帰した阿部征司がメインを江連卓に交代させたのも無理はなかったと思います。実際、本放送当時、私は「仮面ライダー(スカイライダーの方)」が放送開始されたと聞いて「『仮面ライダー』はストロンガーで終わったんじゃなかったの?」と思ったものです。でお話自体もさほど面白くはなく、伊上勝の存在など当時は知りませんでしたが、両親からそろそろ子供向け番組から卒業するようにと強制されたことも相俟って、途中から観なくなりました。で大人になってから見返しても「仮面ライダー(スカイライダーの方)」には「仮面ライダー」が持っていたパワーはなかったけれども「仮面ライダースーパー1」は独自の世界を構築して面白かったなあと思います。

ただ伊上勝の脂が乗り切った時期に書かれた作品が面白かったのは間違いなく、東映チャンネルなどで放送されるときは何度も何度も繰り返して観てしまいます。「仮面ライダー」は何回観たのかもうわかりませんね。つい最近もMXで放送されたのを観続けてしまいました。

さて次は誰を取り上げようか、少々迷っております。

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