芝居のつながり

はじめに

この記事では「芝居のつながり」について取り上げます。

ちむどんどん

さて日本では2022年8月2日現在、NHKでは連続テレビ小説の枠で「ちむどんどん」が放送されています。このドラマは沖縄返還50周年に合わせて企画されており、琉球新報によれば

料理人を目指し、沖縄料理に夢を懸けるヒロインと強い絆で結ばれた4兄妹の笑いと涙の「家族」と「ふるさと」の物語。タイトルの「ちむどんどん」とは胸がわくわくする気持ちを表す沖縄の言葉で、黒島さんは「明日遠足でちむどんどんするというふうに使います」と紹介した。

とのことでした。私はこの企画を聞いて、かつて放送された「ちゅらさん」を思い出し、「ちゅらさん」が金城哲夫調なら「ちむどんどん」は上原正三調のドラマになるのだろう、と(勝手に)期待しました。脚本担当は羽原大介で彼がかつて手がけた「マッサン」はそこそこ面白かった事もあり、期待しておりました。

しかし、2022年8月2日現在、その期待通りだったとは言い難い状況にあります。週平均視聴率は第1週こそ16.3%を記録したものの以後は下がり続け、15.8% - 16.0%の間になる事が多くなっています。なお最低視聴率は第4週の14.5%で最高視聴率は第9週の16.4%。前作の「カムカムエヴリバディ」や前々作の「おかえりモネ」にも及ばない数字で失敗と見做して良いでしょう。敗因は挙げていくとキリがありませんが、「笑いと涙の」物語を狙って作ったもののその作風が視聴者の思い浮かべたものと大きく乖離していたのが主因だと思います。それはNHKプラスを見ても明らかで「#見られています」のコーナーで沖縄関連のドキュメンタリーや「ひまわり」を含めた他のドラマは入るのに、「ちむどんどん」本編が入るのを私は見た記憶がありません。

当然のことながらSNSや週刊誌では「ちむどんどん」批判の記事が増えています。私が同意できるものもあれば、見方が浅いなあと思うものもあり、千差万別でしょう。そういう批判記事の中にこんなものがありました。

asageimuse.com

この記事は第80話で青柳和彦(宮沢氷魚)が母重子(鈴木保奈美)に出す手紙を書く場面について取り上げており、要は場面が繋がっていないと指摘しているのです。場面によってバラバラだと指摘しているのです。この話、私も観ましたが手紙を書く場面の時間は短く、そこまで気にならなかったというのが記事を読んだ感想です。

まあ確かに場面は繋がった方が良いでしょう。その方が整合性が取れて美しい事は確かだからです。でも一番大事なのは、面白い話を話を作る事ではないでしょうか。話が面白ければ場面が繋がっていなくても視聴者は喜ぶのではないでしょうか。

この記事では敢えて場面の繋がりを無視して作られた作品を取り上げてみます。

ウルトラマン 第34話「空の贈り物」

まず1つ目がウルトラマン 第34話「空の贈り物」(脚本:佐々木守、監督:実相寺昭雄、特殊技術:高野宏一)です。この話、クライマックスでハヤタが科特隊本部の屋上でスプーンを高く掲げて変身しようとする場面があり、有名なのですが、実はその直前、ハヤタがカレーを食べて出ていく場面では、スプーンを置いて部屋を出ています。つまり、この場面、繋がっていないのです。これは何故かといえばベータカプセルと間違えてスプーンを持ってしまうのは変身場面を撮影する時に実相寺昭雄がその場で思いついたアドリブだったからです。カレーを食べていた場面が直前にあるので、スプーンを持った方が面白いと思いついたのでしょう。ですが、繋がっていません。

さて、白石雅彦著「『ウルトラマン』の飛翔」ではスクリプターを務めた田中敦子さんの次の証言が残されています。

田中 私は記録でしょう。役者さんの芝居のつながりが気になるんですよ。ですから実相寺さんのとき、「監督、芝居がつながりません」と言ったら、「そんな些末なことは関係ない」って(笑)。

これが第34話の時のものかどうかはわかりませんが、まあ「そんな些末なことは関係ない」と割り切っていたのは確かでしょう。実相寺昭雄としては、カレーを食べた後で間違えてスプーンを使って変身しようとしたハヤタを表現することの方が大事だったわけです。その方が面白いからです。この場面、実相寺の狙い通り、印象的な場面になりました。この場面を批判する人は出ましたが、その誰もが「カレーを食べた後で間違えてスプーンを使って変身しようとしたハヤタ」を表現した事を問題にし、その前段でハヤタがスプーンを置いて出ていた事など批判しませんでした。「そんな些末なことは関係ない」という実相寺昭雄の意見はある意味正しかったとも言えるでしょう。

なお該当の証言は次の電子書籍で読む事ができます。

www.futabasha.co.jp

また該当場面は下記のサイトで閲覧可能です。ありがたい世の中になったものです。

imagination.m-78.jp

機動刑事ジバン 第51話「幻のマユミを斬れ!」

さてこの「そんな些末なことは関係ない」という考えをさらに推し進めて作られたのが東映の特撮作品群です。東映の特撮番組の特撮監督を務めていたのが矢島信男です。矢島は仕事の進め方が早く、しかも予算の使い方もうまかったのです。Wikipediaでは次の逸話が記述されています。

三池(注:特撮研究所にいた三池敏夫)は矢島からの教えとして「特撮はドラマだ」という指針を挙げており、ヒーローやロボットの見せ場だけで構成するのではなく、ドラマの中でどう特撮を活かすかを考え脚本を重視することが大切であるということを教わったと述べている。また、「弁えた仕事をしなさい」ということも口酸っぱく言われていたといい、仕事に夢中になっても予算やスケジュールを常に考えるよう指導されていたと述べている。

(中略)

同じ方向をまとめ撮りする撮影方法は松竹時代『忘れえぬ慕情』の撮影当時、シーン通りに編集で繋ぐと流れがスムーズな一方、迫力に乏しいことを編集で痛感したものであり、絵コンテも東映時代、予算管理のために文章だけでは現場に伝わりにくいためにはじめたものである。絵コンテの初期は成田に書いてもらっていたが、成田が多忙になってきたこともあり自分で描くようになった。『ミラーマン』に参加していた監督の東條昭平は、矢島は絵コンテを描くのでスタッフに演出の意図が伝わりやすかったと述べている。

つまり、脚本を読んで絵コンテを描き、それに基づいてまとめて撮影していたのです。で更には予算とスケジュールも考えて撮影していたわけです。さて特撮では「予算とスケジュール」の関係で過去作品からの流用が多々行われます。古くは「ウルトラQ」第12話「鳥を見た」(脚本:山田正弘、監督:中川晴之助、特技監督:川上景司)で東宝映画『空の大怪獣ラドン』から映像を流用してラルゲユウスが起こした突風による破壊シーンを表現しています。この手法を矢島は多用しています。「キャプテンウルトラ」や「ジャイアントロボ」で撮影した場面を後の作品で多数流用しているのです。そのことに私は「秘密戦隊ゴレンジャー」を見て薄々察していました。大平透のナレーションで「黒十字軍はイーグル基地を破壊した」というようなセリフが入る時に流れる映像は大体同じ建物が爆発していたからです。ですがこの当時は気づきませんでしたが、矢島信男は後の作品でもこの手法を使っているのです。

1990年1月21日にテレビ朝日で放送された「機動刑事ジバン」第51話「幻のマユミを斬れ!」(脚本:杉村升・荒木憲一、監督:岡本明久)では次の場面が描かれます。機動刑事ジバンの協力者柳田誠一はわざとジバン基地から電波を発信し、敵のバイオロンにミサイルを撃たせます。ミサイルの発射地点がバイオロンの本拠地に違いないので、それを調べればバイオロンの本拠地もわかるからです。柳田の作戦は的中。バイオロンはミサイルを発射します。そのミサイルに描かれたマークは黒十字軍のものでした。そう。矢島信男は「秘密戦隊ゴレンジャー」で撮影したフィルムを流用したのです。本放送当時の私は大学生。「機動刑事ジバン」はたまに時間が合えば観る程度の興味しかなかったので、該当場面を本放送では観ませんでした。なのでこれに気づいたのは東映チャンネルで「機動刑事ジバン」が放送された2018年でした。もっともほんの数十秒に過ぎないので、ボーっとしていると気がつかないかもしれません。

さて矢島信男がどの話からフィルムを流用したのかはきちんと特定しきれていませんが、私の調べた範囲では1976年11月27日にNET(今のテレビ朝日)で放送された「秘密戦隊ゴレンジャー」第70話「青い逆襲!! 宇宙特急をストップせよ」(脚本:上原正三、監督:山田稔)が該当するようです。いずれにしろ、矢島は13年前に撮影したフィルムも流用して特撮場面を作り上げたのでした。

なお東映特撮作品の大半はこのサイトでサブスクリプション契約すれば観られます。「キャプテンウルトラ」「ジャイアントロボ」「秘密戦隊ゴレンジャー」「機動刑事ジバン」もサービス対象に入っています。もっとも「どっこい大作」は傑作選となっていますし、「スケバン刑事」のようにサービス対象に入っていない作品もありますが。

pc.tokusatsu-fc.jp

おわりに

この記事では芝居のつながりについて取り上げました。こうして見ると話の大まかな流れさえわかれば、「そんな些末なことは関係ない」と割り切って作っても面白い作品が作れることがわかります。「ちむどんどん」がさほど面白くないのは確かですが、細かいところをつついて揚げ足とっても面白くなるわけではありません。批判するならもっと本質的なところを突いた方が良いのではないかと思います。