加藤隊長

はじめに

この記事では、MAT日本支部の初代隊長を務めた加藤勝一郎(かとうかついちろう)について取り上げます。

設定と描かれたドラマ

年齢38歳。ということは郷秀樹より15歳年上です。これだけ離れているので郷秀樹の父親のような存在だと私は思ったのでしょうね。で実際、物語では郷とは父親のように接します。もっとも、上原正三は自分の父親に対しては複雑な思いを抱いていたそうで、白石雅彦と荻野友大編著「帰ってきたウルトラマン大全」ではそれが理由で「刑事くん」を書くのを拒否したと証言しています。

閑話休題。劇中では語られていませんが、元は陸上自衛隊の一佐だったという設定がありました。また、以前はMATのニューヨーク本部に勤務していた事が最終登場話となった第22話「この怪獣は俺が殺る」(脚本:市川森一、監督:山際永三、特殊技術:佐川和夫)で語られています。

ヘルメットの番号は「1」です。

第1話「怪獣総進撃」(脚本:上原正三、監督:本多猪四郎、特殊技術:高野宏一)で郷秀樹と知り合い、彼の勇気ある行動と生命力に感銘を受け、MATへの入隊を薦めました。温厚な人物ですが、任務に対する責任感が強く、規律には厳しい面もあり、それが第2話「タッコング大逆襲」(脚本:上原正三、監督:本多猪四郎、特殊技術:高野宏一)で描かれています。思い上がった郷は南の制止も振り切って、独断で勝手にタッコングを攻撃して逃すという過失を犯してしまいます。南は「艇長は私です。」と言って庇いますが、加藤はドライブレコーダーを再生して郷の独断専行であったことを指摘し、郷を「除隊」しています。ただ加藤は郷の後見人的存在である坂田健に連絡を入れており、郷のサポートは怠りません。ドライブレコーダーには郷が「こうなったら、ウルトラマンになってやる。」と言うのも録音されていたはずですが、この時、加藤はそのことを指摘しませんでした。これは瑣末な指摘なのかもしれませんが、後述する理由もあってか、劇中では上記の描写にとどまっています。

第3話「恐怖の怪獣魔境」(脚本:上原正三、監督:筧正典、特殊技術:高野宏一)では怪獣の存在を指摘する郷の意見を巡ってメンバーが対立するのを見兼ねて単身霧吹山に登って自分の目で確かめようとします。和をもって尊しと成す性格のようです。

部下思いの性格は第5話「二大怪獣 東京を襲撃」第6話「決戦! 怪獣対マット」(監督:富田義治、特殊技術:高野宏一)でも描かれています。この話でも郷を謹慎させますが、坂田には連絡を入れています。また岸田長官の強引な指令に対する態度にも、部下思いの性格が現れています。それについては先述しました。

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第15話「怪獣少年の復讐」(脚本:田口成光、監督:山際永三、特殊技術:高野宏一)では兄が鉄道会社の社長をしていることが語られており、兄の息子、すなわち加藤の甥も劇中には登場します。

第18話「ウルトラセブン参上!」(脚本:市川森一、監督:鍛冶昇、特殊技術:佐川和夫)では宇宙ステーションの隊長を務めている旧友・梶(南広)が冒頭で登場しますが、彼はベムスターに宇宙ステーションごと飲み込まれてしまいました。その復讐に加藤は燃えますが、ベムスターは強敵でした。ウルトラマンも敗れ、苦戦を強いられます。それでも戦う加藤隊長でしたが力及ばず、加藤の乗るマットアロー2号は墜落してしまいます。その危機を救ったのが、太陽から戻ったウルトラマンでした。思わず加藤はこう言います。

加藤「ウルトラマンが帰ってきた。」

そして第22話「この怪獣は俺が殺る」(脚本:市川森一、監督:山際永三、特殊技術:佐川和夫)でMATステーションに転任したのです。

塚本信夫が考えた裏設定

さて演じた塚本信夫は制作当時、監督の筧正典と議論したことがあったと『ウルトラマン大全集II』(講談社・1987年)215頁の座談会で明かされています。この座談会には二人とも出席しています。で筧と塚本は「やっぱり隊長は(郷がウルトラマンであると)知っているんだ」という結論に達したそうですが、画面の中では「隊長は郷がウルトラマンであるとは知らない」ことにして描くことにしたと述べています。第2話を演出したのは筧ではありませんが、塚本信夫は加藤隊長を演じる時にそんなことまで考えて演じていたのは確かです。

おわりに

この記事ではMAT日本支部の初代隊長を務めた加藤勝一郎について取り上げました。塚本信夫が降板した理由は定かではありません。坂田健同様、郷秀樹の後見人だったのは確かでした。隊長の交代劇の脚本を書いたのは市川森一ですが、もしかしたら上原正三は郷秀樹は後見人がいなくても行動できる立派な人物になったと考えていたのかもしれません。坂田健が郷を励ます場面が第22話以降はあまり描かれなくなったのも確かですし、あの悲劇の第37話に繋がったのかもしれません。もっともこれはふと思った私見に過ぎませんが。

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郷秀樹

はじめに

この記事ではウルトラマンに変身する郷秀樹について取り上げます。

郷秀樹の設定

郷秀樹の設定は次の通りです。

年齢23歳。坂田自動車修理工場に勤務しながら、カーレーサーを目指していました。「帰ってきたウルトラマン」第1話の時点では、坂田自動車修理工場の主人坂田健の設計・開発中のレーシングマシン「流星号」のレーサーとして、その完成を目前に控えていました。趣味はギターで坂田アキにギターを教えてあげる場面があります。なお設定では台東区浅草在住なのだそうです。

タッコング襲来時に逃げ遅れた少年浩(藤江喜幸こと後の伍代参平)と彼の愛犬を救おうとして命を落としますが、それを目撃し、郷の正義感と勇敢さに感動したウルトラマンが(勝手に)一体化したことで復活しました。復活直後は坂田とともに流星号の開発を目指すつもりだったのですが、アーストロンとの戦いと、その直後にウルトラマンから自分が復活した経緯を聞いたことで人類の自由と幸福を脅かす敵と戦うことを決意し、MATに入隊しました。既にMATには加藤隊長を含めて隊員が5人いたのでヘルメットの番号は「6」になりました。

さて少年時代から運動神経に恵まれていましたが、ウルトラマンと一体化したことでさらにその能力が増幅されています。第2話では、剣道(上野、丘)や射撃(岸田)といった先輩隊員たちの得意種目でも初心者ながら勝利するという成績を打ち出しました。しかし、その超人的な能力に思い上がって身勝手な攻撃を行なってタッコングを逃すという過失を犯したため、加藤隊長から除隊を命じられ、坂田からも「もう組むつもりはない。」と言い放たれたことがありました。もちろん、二人の本音は郷を見捨てることではなく、郷に独りで考えて反省を促すことにありました。自らの思い上がりを悟り、人間郷秀樹としてギリギリまで頑張ることを決意した郷は、加藤の目論見通りにタッコングの上陸現場を訪れます。そして郷秀樹はウルトラマンに変身することができ、タッコングも倒された後は、加藤が郷のMATへの復帰を要請し、さらには坂田の要請で休暇の時は流星2号を開発することになったのです。

こうして心の弱さを一つ克服した郷でしたが、超能力を身に付けたことで怪獣出現の前兆を他人よりも鋭敏にキャッチできることが仇となり、事件の有無を巡って他の隊員との対立を起こすことも度々ありました。代表的なのが第3話での上野(と岸田)との対立であり、第5話での岸田との対立です。ですが、人間的に成長するにつれ、他の隊員とも打ち解けるようになります。第5話で上野は「MATを辞めた」郷にMATに戻るように説得を試みますし、第6話では上野に加えて南からも仲間として扱われています。上原正三は明確に描いていませんが、第11話の毒ガス怪獣モグネズンとの戦いを通じて岸田とも和解したようです。もっともこれは度重なる歪み合いにメインの視聴者だった小学年低学年層がついていけず、視聴率が下がったことも要因としてあったのでしょう。上原正三と橋本洋二は「帰ってきたウルトラマン」の直前に「柔道一直線」を手がけていました。上原(と橋本)は「柔道一直線」で描いた作劇(先輩と一条直也との対立)を「帰ってきたウルトラマン」にも導入したのですが、これが仇となってしまったのです。

なお第1話で(この時は)亡くなっていた郷を思い出す坂田とアキが、郷がレースで優勝したら母親に楽をさせたいと語っていたことが描かれています。また父親については第3話で、13歳の時に父が登山中の遭難事故で死亡したことが語られています。救助隊が目の前まで来ていながら救助隊が発見できず、死亡してしまったのです。

坂田家とは家族同然のつきあいで、健は郷の後見人、アキは郷の恋人、そして次郎は弟のような存在でした。MATの隊員と歪みあっている時も健は郷を保護し、アキは郷を愛し、次郎は慕っていたのです。「柔道一直線」で言えばミキっぺや一条直也の母親にあたる存在を上原はちゃんと用意していたのです。それが後の「ウルトラマンレオ」との違いで、おおとりゲンには坂田健に当たる人物が存在しませんでした。余談ですが、私は大人になってから「ウルトラマンレオ」を観た時はあまりにもゲンが責められるのでスカッとしませんでした。第一期ウルトラシリーズの時代に私は生まれておらず、第二期ウルトラシリーズの中で「ウルトラマンレオ」は本放送を観た唯一の番組なのですが、第1話を観た記憶は残っているのに私には特訓編を本放送で観た記憶が全く残っていないのです。「ウルトラマンレオ」といえばウルトラマンキングやアストラ、ババルウ星人に騙されてウルトラ兄弟と戦った話、そして円盤生物のイメージしか残っていません。マグマ星人が再登場したローランの話は本放送で観た記憶が残っています。おそらく、特訓編の話を観て私は引いてしまい、観なくなってしまったのだと思います。

坂田健とアキの死後は次郎を引き取りました。郷のマンションの隣の部屋に住んでいたのが村野ルミです。

そして第51話でバット星人とゼットンを倒した後、次郎に「ウルトラ5つの誓い」を残し、ウルトラの星の危機を救うべく、ウルトラマンとしてウルトラの星に旅立っていったのでした。この頃はウルトラマンと意識が一体化していたのでしょう。

郷秀樹を演じた俳優

さて郷秀樹を演じたのは団次郎(団時朗)です。当時、資生堂の男性化粧品「MG5」のテレビCMに出演していてファッションモデルとして注目を集めていました。団時朗に決まったため、ウルトラマン役もきくち英一に代わったことは先述しました。

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さて団時朗が起用された件について、熊谷健が白石雅彦と荻野友大編著「帰ってきたウルトラマン大全」でこう証言しています。

熊谷 主役の団次郎さんについては、僕の以前からの知り合いで芸能事務所をやっている井沢さんという女性がいまして、彼女が「どうかな」ってプロフィールを持ってきたんですね。柄もいいしCMで好評だったから局のほうでも受けるんじゃないかと思って。それから円谷一さんを通して局の了解をいただいて主役に決定しました。僕はその頃『ウルトラファイト』をやってたりいろいろ忙しい時期だったんで、立ち上がりの部分はそれぐらいしか参加してなかったのです。

「それぐらい」と謙遜してますが、大事な仕事をしていたわけですね。

余談ですが南隊員を演じる池田駿介は主役の話も来ていたそうです。

おわりに

この記事では「帰ってきたウルトラマン」に登場したウルトラマンに変身する郷秀樹について取り上げました。「ウルトラマン」ではハヤタの家族構成まで踏み込まれることはありませんでしたが、郷秀樹は坂田兄妹の存在など、かなり踏み込まれて人物設定が行なわれました。これは上原正三が「ウルトラマン」との差別化を図るために行なったことと言えるでしょう。「帰ってきたウルトラマン」は上原の自信作でもあると生前語っていましたが、と同時に、金城哲夫が作った「ウルトラマン」にはかなわない、と作る前から思っていることも明かしています。上原正三にとって金城哲夫は絶対的存在だったのです。

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ウルトラマン -帰ってきたウルトラマン Advent Calendar 2021-

はじめに

この記事では「帰ってきたウルトラマン」に登場したウルトラマンについて取り上げます。

名称

企画当初は「ウルトラマン」に登場したウルトラマンが帰ってくるという設定だったのは先述したとおりです。その名残で劇中では一貫してウルトラマンと呼ばれています。

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デザインも当初は初代ウルトラマンに線が追加されただけのもので、実際に第1話の撮影では、その姿で作られたスーツでアーストロンと戦う場面が撮影されています。しかし、商売上の理由もあってデザインが変更され、今の姿になりました。

ウルトラマンA』第14話のナレーション、および劇中での北斗星司とヤプールからはウルトラマンII世(ウルトラマンにせい)、『ウルトラマンタロウ』や『ウルトラマンレオ』のナレーションでは新ウルトラマンを略した新マン(しんマン)と呼ばれています。私は新マンと呼んでいました。

しかし、1984年に公開された映画『ウルトラマンZOFFY ウルトラの戦士VS大怪獣軍団』の公開に先立ち、ウルトラファミリー紹介時に各々に固有名詞の必要が生じました。この時、当時の円谷プロ社長・円谷皐によってウルトラマンジャックという正式名称が設定されました。なおウルトラマンジャックは元々はウルトラマンタロウ企画時に没になった名前でした。私は『ウルトラマンZOFFY ウルトラの戦士VS大怪獣軍団』を見て、あの「帰ってきたウルトラマン」に登場したウルトラマンが新マンではなく「ウルトラマンジャック」と呼ばれるのに違和感を覚えたのをよく覚えています。なので未だに新マンと呼んでしまいます。郷秀樹を演じた団時朗も「ウルトラマンジャック」という呼び名には違和感があるそうです。劇中でそう呼んだことはありませんからね、制作当時は。

変身方法

さて企画時は「ウルトラマン」に登場したウルトラマンが登場する予定だったので、変身方法もベータカプセルを使って変身する予定だったのですが、別人の設定だったのでそうではなくなりました。

さて変身方法ですが、郷が生命の危機に陥ったときに自然に変身することが多いです。郷の頭上に十字状の光が降ってくると、それに呼応するように郷が右手または両手を斜め上に挙げ、変身するというパターンが基本でした。これは第1話から見られますね。これは郷秀樹としてギリギリまで努力しなければならない、というウルトラマンの意志のようなものがあったからなのでしょう。第2話で慢心した郷秀樹が「よーし、ウルトラマンになってやる。」と叫んで右手を挙げても変身できなかったが印象的で、この話のテーマでもあります。

さて郷秀樹の成長に伴い、中盤以降は郷の意思による変身も多く見られるようになりました。これは郷が危機に陥るという描写を挟まなくてはならないので煩雑になるという作劇上の理由もあったのでしょう。意識的に変身する場合は右手を高く掲げることが多いです。私には第28話「ウルトラ特攻大作戦」(脚本:実相寺昭雄、監督:山際永三、特殊技術:佐川和夫)での変身が印象的です。

郷秀樹との関係

さてウルトラマンと郷秀樹との関係について書きましょう。当初は明らかに郷秀樹とウルトラマンは意識上は別人格として描かれていました。第2話が印象的です。ただ第4話ではキングザウルス3世に角を突き立てられて脚を負傷すると郷秀樹も脚を負傷していたりするなど、肉体は一体化していたことが明らかになっています。第22話では変身前に郷が腕を負傷したため、ウルトラマンも腕を負傷し、ウルトラブレスレットを使えずに窮地に陥っています。なお、映像では端折られましたが、市川森一が書いた脚本では腕を負傷した後も郷秀樹の姿でしばらく戦っています。

またウルトラマンの意識も郷と一体化されるようになりました。第37話「ウルトラマン 夕陽に死す」(脚本:上原正三、監督:富田義治、特殊技術:大木淳)が印象的ですね。

宇宙電波研究所長(成瀬昌彦)「郷の心は嵐の海のように荒れ狂っている。今なら勝てる。」

この時、郷秀樹は病院の屋上から飛び降りて変身します。ウルトラマンに変身できなかったら、郷秀樹は死んでいたところですが、宇宙電波研究所所長すなわちナックル星人が看破した通り、死んでも構わないと思ったわけです。これでは勝てるわけがありません。でウルトラマンも郷と同じ思いだったようで、こう言っています。

ウルトラマン「やはりそうか。私の技を研究し、私を倒すため訓練されているが、負けない,必ず坂田兄弟の復讐をしてやる。」

しかし健闘虚しく、ウルトラマンは一敗地にまみれることになります。

ウルトラマンの技

帰ってきたウルトラマン」に登場したウルトラマンも「ウルトラマン」に登場した初代ウルトラマン同様、多彩な技を持っています。初代ウルトラマンと同様、スペシウム光線や八つ裂き光輪が使えます。ただ八つ裂き光輪は2回(第3話と第4話)しか使わず、キングザウルス3世に破られてからは一切使わなくなってしまいました。ウルトラブレスレットが切断しまくる武器としても使えることも影響しているのでしょう。

ウルトラマンといえばスペシウム光線です。ウルトラブレスレットをウルトラセブンに授けられてからは決め技としての地位をウルトラブレスレットに明け渡してしまった感がありますが、最終話でゼットンを倒すなど、威力は初代ウルトラマン同様健在です。もっとも、「帰ってきたウルトラマン」で登場したゼットンは(おそらく予算の関係で)開米プロの造形の酷さも相まって、初代ウルトラマンが戦ったゼットンよりも力が劣るという説を唱える人がいるのは否定しません。

またウルトラブレスレット登場後も、宇宙甲虫ノコギリンを倒したウルトラショットなどの技を披露しています。(作劇の理由もあって)郷秀樹同様、心の弱さを度々見せたウルトラマンでしたが、能力自体は初代ウルトラマンに劣るものではなかったのです。

おわりに

この項では「帰ってきたウルトラマン」に登場したウルトラマンについて取り上げました。新マンという名に親しんでしまった私はウルトラマンジャックという公式設定を素直に受け入れる気になかなかなれず、制作が進んでいる「シン・ウルトラマン」という名前にも複雑な思いを抱いてしまいます。円谷皐がビジネス・ライクに名付けた名前というのもありますね、ウルトラマンジャックを受け入れがたい気持ちには。それに「ウルトラマン」ではバルタン星人も初代と2代目(と3代目?)も登場していて初代ウルトラマンという名前に親しんでいたので、別に無理にウルトラマンジャックと名付けなくても良かったんじゃないのと思います。

もっとも、これから再放送を見ていく人には関係のない話ですけどね。

きくち英一とJFAのみなさん

はじめに

この記事では「帰ってきたウルトラマン」でウルトラマンを演じたきくち英一と、彼が所属し、怪獣を演じた遠矢孝信なども所属していたJFA(ジャパンファイティングアクターズ)のみなさんを取り上げます。

きくち英一の著書『ウルトラマンダンディー帰ってきたウルトラマンを演った男〜』

この本の発行日は平成7年8月3日。私は社会人になっていました。この本が出版されることになったきっかけは次のとおりだそうです。ある時、きくち英一は『昇天! 酔っ払いOL』に出演し、撮影中に河崎実と話をしました。河崎はウルトラマン愛好家で、それならばときくちが撮影の合間に当時のスクラップブックを見せたところ、河崎は大興奮。そして河崎実はがきくち英一に招待状を出しました。河崎が作った映画の上映会を開くと言うのです。そして会場へ行ってみればいたのはきくちの子供と同世代の人ばかり。で河崎に控室に呼ばれ、話をしてと頼まれて「帰ってきたウルトラマン」撮影当時の話をしたら、これが大ウケし、打ち上げなどにも呼ばれるうちに朝になってしまったのだそうです。そして後日、その場に居合わせた風塵社の社長からハガキが届き、当時の話をまとめて出版しようとの話になったのだそうです。

きくちは河崎と共に「帰ってきたウルトラマン」を全話見返し、河崎の質問にきくちが答えるという感じで本が出来上がりました。合間には遠矢孝信の談話も挿入されています。そして全話見返した後、きくちと河崎が団時朗を呼んで話をしたのですが、その時の話も収録されています。さらには橋本洋二、満田かずほ、高野宏一、大木淳、佐川和夫、東條昭平、鈴木清の談話、そしてきくちが芸能界入りする経緯やきくちの(出版当時の)全出演作リストまで載っています。

きくち英一の略歴

きくち英一は1942(昭和17)年8月21日生まれ。世田谷区経堂で生まれ、次男として生まれました。きくちの兄は6歳離れていました。きくち曰く、父親がわりのような兄だとのこと。きくちの兄は1995(平成7)年当時で剛柔流空手8段だそうです。

そしてきくちは日本大学芸術学部演劇学科に進学。まず入ったのが落語研究会。次に入ったのが、日大芸術学部にしかないという、殺陣同志会と言うクラブです。これがその後のきくちの人生を決めます。

映像関係の初めての仕事が殺陣同志会でのアルバイトでした。日大殺陣同志会のOBからのつながりです。そして数々の仕事をこなしていたのですが、4年の時に転機が訪れます。それが日大OBが制作する東北新社の『戦国群盗伝』の撮影です。監督が土居通芳で新東宝の渡辺高光も出ていました。この二人との出会いがきくちに大きな影響を与えたときくちは述懐しています。

それからしばらくして、きくちは渡辺高光から声をかけられました。渡辺がJFA(ジャパン・ファイティング・アクターズ)を結成することにし、顧問に土居通芳と土屋啓之助監督を迎え、アクションもできる若手俳優を育成する、と言う話を聞き、きくちはJFAに入ることを決断しました。メンバーは日大の同期数人だったそうです。のちに日大の後輩も入りますが、その中に遠矢孝信がいました。

ウルトラセブン

そんなきくちに円谷一から電話があったそうです。

「正月放送の『ウルトラセブン』前編・後編(ペダン星人が操るキングジョー、脚本家金城哲夫氏からもじったとしか)の放送が間に合いそうにない。しいては君やってくれないか」との由。

と、きくち英一著『ウルトラマンダンディー帰ってきたウルトラマンを演った男〜』には書かれています。きくちは一回だけの約束で引き受けました。

さてウルトラセブンを演じていた上西弘次は身長172cmの「ガッチリタイプ」できくちは身長178cmの「ヒョロッとしたモヤシタイプ(当時)」で当然、今まで使っていたウルトラセブンのスーツをきくちが使うことはできません。そのため、ウルトラセブンのスーツは新宿御苑のアクアラング屋へ行って新調されました。

こうして撮影が行なわれ、きくちは大変な仕事だったと実感します。余談ですが、キングジョーを演じた中村晴吉よりもきくちは高身長だったため、キングジョーの強さを見せるためにスタッフは苦労したそうです。

帰ってきたウルトラマン

さてウルトラセブンを演じてから4年経ったある日、きくちのところにまた円谷一から電話がかかってきました。

「今度、帰って来たウルトラマンをやることになった。しいてはお宅に誰かいい人いないか」とのことでした。

と、きくち英一著『ウルトラマンダンディー帰ってきたウルトラマンを演った男〜』には書かれています。きくちはウルトラセブンを一回やっていたため、その大変さをわかっており、1年通してやるにはその動きのセンスもともかく、相当の体力を要するだろう、と考えました。そこで新東宝出身の中岡慎太郎を紹介することにしたのです。中岡の身長は170cmくらいでしたが、ボディビルで鍛えた身体は胸にビール瓶が挟めるほどの筋肉マンだったそうです。面接を受けた中岡は採用となり、きくちも一安心しました。

ところが、また円谷一から電話がかかってきました。

「主役が団次郎君になった。しいては中岡君だとあまりにも体型が違う。君がやってくれないか」とのこと。

と、きくち英一著『ウルトラマンダンディー帰ってきたウルトラマンを演った男〜』には書かれています。さあ、困りました。過酷な仕事な上に東映のヤクザ映画に出始めた頃で、この仕事を受ければ1年は他の仕事には手を出せなくなります。そこできくちは体よく断る作戦を考え、次の2条件を提示しました。

  1. ギャラをふっかける。
  2. 隊員とか顔出しの役の要求。

まず1については中岡に提示されたギャラを知っていたので、その1.5倍を要求したそうです。きくち曰く、「はっきり言ってこれはむちゃな額でした。その証拠に翌年、それまであまり貯金もなかった私がマンションを買ったんですから。」だったのですが、あっさり「いいですよ」と返って来たそうです。で2については隊員の役を要求したのですが、「いやね、もう隊員は決めちゃったんだ。でもまあ何か考えるから」というわけで断る理由がなくなってしまい、渋々きくちはウルトラマン役を引き受けざるを得ませんでした。なお、きくちは第13話と第51話に顔出し出演しています。

次に怪獣役もきくちは紹介を頼まれました。重労働であることは知っていましたから、アクションセンス、体力、何より素直なやつということで、日大の後輩でJFAに入りたてだった遠矢孝信に頼むことにしました。遠矢がきくちに飲むとよく「先輩、やれと言われれば断れる状況じゃなかったでしょ。」言ったそうですが、まあこうして怪獣役も決まりました。きくちのウルトラマン、そして遠矢の怪獣はスタッフが賞賛していたそうです。遠矢はタッコングのような2本足の怪獣からキングザウルス3世やステゴンのような4本足の怪獣まで演じていました。よく4本足の怪獣は人間が入る関係で後脚が折りたたまれてしまうことが多いのですが、キングザウルス3世やステゴンは後脚が折りたたまれていません。

きくちも遠矢もいやいや参加したのですが、いつの間にか仕事にはのめり込んでいました。殺陣師がいなかったこともあり、またウルトラマン出現まで比較的ヒマだったこともあり、きくちは出来上がった怪獣を見て絵コンテを描いて監督や遠矢と相談しながらアクションを決めていたそうです。きくちはトランポリンの使用も発案し、ウルトラマンがシーゴラスに角で空へ飛ばされる場面が撮影されました。今まで「ウルトラマン」や「ウルトラセブン」ではトランポリンは使用されていませんでしたが、これが初めてのトランポリン使用となったのでした。

そのかいもあり、JFAの渡辺高光の妻からは「きくちさんの仮面には表情がある」と誉められ、スタッフからは「お前と遠矢は最強コンビだ」と言われたのです。

さて怪獣は話によっては2頭登場しましたし、またウルトラセブン初代ウルトラマンが登場したこともあるので、きくちと遠矢だけでは当然人が足りません。そこでJFAの他のメンバーも呼ばれました。その内訳は、現在判明しているのは次のとおりです。まずヒーローについては次のとおりです。

で怪獣については次のとおりです。

  • 遠矢孝信(メイン)
  • 菊池英一(ザザーン)
  • 関国麿(デットン)
  • 森平(下の名前は不明)(ツインテール、シーモンス)
  • 有川兼光(ブラックキング、パラゴン〈前部〉)
  • 斉藤忠治(ミステラー星人〈善〉、バット星人)
  • 高山(下の名前は不明)(メシエ星雲人)

ただ全員がきくちや遠矢ほど巧かったわけでもありません。きくち英一著『ウルトラマンダンディー帰ってきたウルトラマンを演った男〜』で遠矢孝信がこう証言しています。

監督はね、かなりきくちさんを信頼してました。怪獣が複数出てJFAから若いのが来る時なんか、そいつ当然慣れてないですから下手で、監督が何か言いたくても、これ以上はきくちさんに悪いかなって、少し遠慮していたくらいです。

そういうときは、僕がね、雰囲気察してつないだりもしてました。

メシエ星雲人は河崎が茶化すほど、お手上げの状態だったそうです。きくち英一著『ウルトラマンダンディー帰ってきたウルトラマンを演った男〜』から引用しましょう。

〜宇宙人走りながら無意識にマスクのズレ直す〜

河崎 あ〜、マスク直してる! 計算してできる動きじゃないですね。なんか変ですよね。

きくち 監督もね、あきらめちゃって、「もう何でもいいからとにかく動け」ってね(笑)。

これは本当にあった場面で、見返して気がついた時、私は笑ってしまいました。実際、よく見ると本当にメシエ星雲人は「とにかく動」いているだけで、遠矢が入ったナックル星人とは雲泥の差のヘタクソぶりです。スーツが細くて遠矢孝信が入れず、仕方なく起用されたのだそうです。

なお同時期に「スペクトルマン」が制作されており、JFAのメンバーは同番組に参加していました。遠矢孝信は(当初の)主役のゴリを演じていたため、当然掛け持ちとなり、きくちの自転車やピープロが用意した車に乗ってスタジオを行き来する羽目に陥りました。それでも日程が合わなかったこともあったそうで、きくち英一著『ウルトラマンダンディー帰ってきたウルトラマンを演った男〜』で遠矢孝信がこう証言しています。

当時僕は『宇宙猿人ゴリ』もやってましたから、時にはウルトラマンとスケジュールがかちあうこともありました。先輩のチャリンコを借りて往復したり、向こうの制作さんが迎えに来てくれたり大変でした。東條昭平助監督さんが、僕が帰ってくるまで入ってたこともありましたね。ウルトラマンとのからみは僕ですが、サドラの出現のシーンとか東條さんが入ってたと思います。

おわりに

この記事ではウルトラマンを演じたきくち英一と怪獣を演じたJFAのみなさんを取り上げました。最終的に遠矢孝信はぎっくり腰を発症して番組の打ち上げには参加できず、ウルトラマンを演じたきくち英一も塩分不足との診断が出たため、次の「ウルトラマンA」役を固辞しました。ただ彼らの苦闘があったおかげで「帰ってきたウルトラマン」は名作になったのだと思います。

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富田義治の他流試合

はじめに

この記事では「帰ってきたウルトラマン」で監督を務めた富田義治について取り上げます。

監督デビューまでの略歴

富田義治は1935年12月25日生まれで岐阜県出身。1959年に東映に入社し、初めは東映京都撮影所に配属されていました。1965年の暮れまで加藤泰幸監督やマキノ雅弘監督、内田吐夢監督の他に10人の監督に助監督としてついたそうです。その頃から労働組合闘争が激しくなり、会社側の組合対策の一つで富田は折田至(後に「仮面ライダー」などで活躍します)などと共に東京撮影所内の東映東京制作所というテレビ映画専門の関連会社に移りました。以後はずっと大泉にある東映東京撮影所で仕事をしています。

さて最初に監督を務めたのが「ウルトラマン」と「ウルトラセブン」の間に放送された「キャプテンウルトラ」第18話「ゆうれい怪獣キュドラあらわる」(脚本:長田紀生、特殊技術:上村貞夫)と第19話「神話怪獣ウルゴンあらわる!!」(脚本:金子武郎、特殊技術:上村貞夫)でした。白石雅彦と荻野友大編著「帰ってきたウルトラマン大全」での富田の証言によれば

あの時はカメラの村上(俊郎)さんも抜擢されて、お互い好きにやろうっぜって言って、セットで大クレーンなんか使ったもんだから、お金がかかっちゃってしばらく干されました。だから次の『河童の三平』まで随分空いてるんですよ。

という暴れぶりだったそうです。東條昭平同様、気負いがあったのでしょうね。なお、上記の『河童の三平』は『河童の三平 妖怪大作戦』のことです。

柔道一直線

さて時が流れ、東映は「柔道一直線」を制作しました。この番組の制作に富田も参加しました。第2話「地獄車の弟子」(脚本:佐々木守)を皮切りに全92話中16話を監督しています。ここで橋本洋二と出会い、上原正三(第14話「剛道にぶち当れ」)と出会い、岸田森に出会ったわけです。白石雅彦と荻野友大編著「帰ってきたウルトラマン大全」で「柔道一直線」について富田はこう証言しています。

(前略)それとやはり特撮やトランポリン使って、予算の厳しいところをどうしようかって考えた印象のほうが多い作品ですね。ハイスピードカメラが使えないから健ちゃんにスローモーションの動きの芝居をやってなんて無理して頼んだこともありました(笑)。私は高校編に入って先生役で出演された岸田森さんの、大ファンになりました。でももうラストのほうになってくると、どうしても時間も予算もかけちゃう僕は外されちゃって(苦笑)。ロケで1日ワンシーンしか撮れないときもあって、撮影所に帰ってきたら同期入社の斉藤頼照(プロデューサー)に怒られたりしましたし(笑)。「柔道一直線」のあと「刑事くん」をやりました。

余談ですが、「刑事くん」も平山亨と斉藤頼照がプロデューサーを務めています。さて予算を使いすぎてしまう富田は東映にとっては頭の痛い存在ではあったのですが、この演出を放送局のTBSはどう見ていたのでしょうか。

帰ってきたウルトラマン」への参加

橋本洋二は富田の演出を高く評価していました。そして「帰ってきたウルトラマン」に富田を呼ぶことにしました。白石雅彦と荻野友大編著「帰ってきたウルトラマン大全」での証言です。

富田(義治)さんは僕の推薦です。『柔道一直線』の頭のほうを富田さんがやってくれてね。感性がヴィヴィッドで繊細な神経の持ち主でした。僕の主観的、感覚的なものなんだけど、気に入った監督で、僕自身、気持ちに納得がいくものがあったんですよ。『柔道一直線』は〝スポーツドラマ〟ですから、強引な作り方をしても番組は成立するんですが、それを細かく細かく作ってあるんですね。それもただ細かいだけではなく、彼の作品にはドラマ全体に爽やかな風が吹くんですよ。富田さんが監督をしてくれたお陰で『柔道一直線』は間違いなくうまくいくと直感しました。あの雰囲気がウルトラマンでも出せないかと思ったんです。それで彼に無理言って、円谷から東映に監督起用書のような書類を出してもらってわざわざ来てもらったんです。

さて上記で「円谷から東映に監督起用書のような書類を出してもらって」とありますが、これは円谷プロダクションが当時は東宝の系列会社だったことも関係しています。1971年をもって自然消滅したそうですが、五社協定を松竹、東宝大映、新東宝東映は結んでいました。後にこの協定に日活も参加しています。東映の専属監督である富田が東宝系列の円谷プロ制作の番組を監督するのは非常に難しかったのです。ですが、それでも橋本は富田を「帰ってきたウルトラマン」に参加させたかったのです。

富田義治の監督担当作品

富田は「帰ってきたウルトラマン」では次の話で監督を務めています。

  • 第5話「二大怪獣 東京を襲撃」(脚本:上原正三、特殊技術:高野宏一)
  • 第6話「決戦! 怪獣対マット」(脚本:上原正三、特殊技術:高野宏一)
  • 第13話「津波怪獣の恐怖 東京大ピンチ!」(脚本:上原正三、特殊技術:佐川和夫)
  • 第14話「二大怪獣の恐怖 東京大龍巻」(脚本:上原正三、特殊技術:佐川和夫)
  • 第24話「戦慄! マンション怪獣誕生」(脚本:上原正三、特殊技術:大木淳)
  • 第25話「ふるさと 地球を去る」(脚本:市川森一、特殊技術:大木淳)
  • 第37話「ウルトラマン 夕陽に死す」(脚本:上原正三、特殊技術:大木淳)
  • 第38話「ウルトラの星 光る時」(脚本:上原正三、特殊技術:大木淳)

第24話と第25話以外は前後編です。これも橋本の意向です。第5話と第6話での活躍については以前も取り上げました。

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第13話と第14話は津波怪獣が登場するとあって特殊技術の佐川和夫が頑張りすぎ、円谷一が「会社を潰す気か!」と怒鳴り込んだという逸話も残っています。

さて遠矢孝信はきくち英一著『ウルトラマンダンディー 〜帰ってきたウルトラマンを演った男〜』でこう証言しています。

シーゴラス、シーモンスの時の監督の富田さんは、隊長役の塚本信夫さんとかいろいろな俳優の動きを見てからカット割りしておられました。ですから撮影の時間がすごくかかって現場が大分終了が遅くなって文句を言うスタッフが多かったです。でも面白いことにそんな監督だと案外いいものができるんです。

現場でねばる監督は、30分番組では喜ばれない。でもそういう時でも熱意が伝われば、スタッフが協力していいものができたりするんですね。

遠矢の証言通り、第13話と第14話は傑作です。元々東宝チャンピオン祭りで上映が決まっていた作品だったので、それなりに力が入った作品でした。それでも円谷一は佐川和夫に怒鳴り込んだんですけどね(苦笑)。で面白いことに第5話と第6話も後に東宝チャンピオン祭りで上映されています。苦笑しながら富田は東映の岡田社長も知らなかっただろうと回想しています。事実関係は分かりません。で上映された4作品(映画では前後編をまとめたので2作品)は非常に素晴らしい傑作だったと思います。上原正三の力もありましたが。

第24話「戦慄! マンション怪獣誕生」第25話「ふるさと 地球を去る」

ただ前後編ではない、以下の作品は富田も苦しんで演出したようです。

第25話は佳作だったと思います。「刑事くん」でも富田と組む市川森一白石雅彦と荻野友大編著「帰ってきたウルトラマン大全」でこう証言しています。

富田さんは、もう全面的に脚本お任せとおっしゃってました。富田さんというのはひじょうに感性豊かな方でしたが、山極さんのように論理で話を組み立てている監督ではありませんから、一緒にホンを作っていくということは不得手だったと思います。面白いかつまらないかということで判断する方でした。

でも富田さんと僕は、非常にいい感じで、「ふるさと地球を去る」なんか、富田さんと僕の代表作だと本当に思ってます。校長の像のところとか、ちょっとした描写を富田さんは非常に丁寧に撮ってました。普通、南隊員の台詞で終わるんですけど、ラストのために、あえて予定調和的な台詞を持ってきたんでしょうね。でも少年の「また起こらないかな?」というのが問題になってね(笑)。

「ふるさと地球を去る」は南と事件が起きた村の少年との交流を描いた話です。南は少年の頃、「ジャミっ子」と呼ばれるような弱虫でした。同じような少年と南は出会い、少年がマットガンを持ち出して怪獣に撃つのを見かけますが、クマと立ち向かった時の自分とダブらせ、敢えてそのままにします。怪獣は倒されますが、その後、少年は「また起こらないかな?」と言って、またマットガンを何発も撃つのです。これに衝撃を受けた南は「もういいだろう」とマットガンを取り上げます。市川の言う南隊員の台詞とは少年が「また起こらないかな?」と言う直前に南が言った台詞のことです。つまり

南「ふるさとはなくしても、ふるさとで戦った思い出は一生忘れないよ。これから先、どこの地へ移り住んでもくじけそうになったら、思い出すんだ。僕は昔、怪獣とふるさとで戦ったことがあるんだってな。」

のことです。こうした予定調和的なセリフを入れた後で「また起こらないかな?」と言う毒を市川は入れたのでした。それを映像化したわけですが、白石雅彦と荻野友大編著「帰ってきたウルトラマン大全」で富田はこう証言しています。

僕は脚本に手を入れて撮っていくことはほとんどしないし、基本的にはでき上がったものを受け止める方なんですよ(笑)。唯一の例外が〝ふるさと怪獣〟でしたね。これは市川さんと打ち合わせで詰めていきました。

(中略)

ラストシーンは後で東映の平山(亨プロデューサー)さんから「富ちゃん、ああいうことはやっちゃいかんぞ!」って言われたけど、自分では満足してます。

冒頭の部分は市川の証言通りのことも述べられていますが、この話だけは例外だったのですね。それでも、そのまま放送されました。

さて第25話「ふるさと 地球を去る」(脚本:市川森一、特殊技術:大木淳)で力を入れすぎたからか、第24話「戦慄! マンション怪獣誕生」(脚本:上原正三、特殊技術:大木淳)は普通の作品というレベルにとどまっていると私も思います。これについて、富田は脚本に負けたと証言しています。第25話で力が入りすぎたこともあったのでしょう。それが最後の演出となった第37話と第38話に影響してしまいます。

第37話「ウルトラマン 夕陽に死す」第38話「ウルトラの星 光る時」

まず、本編撮影を担当していた鈴木清の証言を紹介しましょう。彼は富田義治にもついてカメラを回していました。白石雅彦著「『帰ってきたウルトラマン』の復活」からの引用です。

鈴木 坂田アキ役のるみちゃんが死ぬ回、冨田さんだったんですが、僕は降りたんです。というのも冨田さんの演出方法に、自分が納得出来ない部分があったからです。冨田さんはなぜか、「よーい、スタート」をかけたあとはホンしか見ていなくて、役者さんの芝居を見ていない。ノンモンのところでもホンを見ていて、「はい、OK」と言っちゃう。だからある時、「監督!芝居見てください!」って、つい言ってしまいましたよ。そんなことが重なって、五、六本やって、結局降りてしまった……若気の至りですかね?でも不思議と冨田さんの作品は重厚感があって心に残る。きっと心眼で見てたのかも知れませんね。

これは富田自身の証言、橋本の証言、そして遠矢の証言とは一致しない話です。ただ、鈴木清も撮影にはこだわるタイプで白石雅彦著「『帰ってきたウルトラマン』の復活」では鈴木に関する証言が鈴木自身や山際永三の証言として、そのこだわりぶりが紹介されてます。第33話の撮影も鈴木が担当しています。なのでがんばりすぎるタイプの鈴木清には富田の姿が納得できなかったのでしょう。時期から考えると、第24話と第25話、特に第24話の演出に納得がいかなかったのだと思います。このため、第37話「ウルトラマン 夕陽に死す」と第38話「ウルトラの星 光る時」で本編撮影を永井仙吉が務めることになります。

その時の戸惑いを白石雅彦と荻野友大編著「帰ってきたウルトラマン大全」で富田はこう証言しています。

今まで本格特撮ができたのもある意味じゃ鈴木(清)さんあってのものだったんですけど、この時、鈴木さんが抜けちゃいまして。交代のカメラマンの永井(仙吉)さんから「監督、ファインダー覗いて決めてください」って言われた時は、え? ちょっと困ったなあって思ったんです。僕は勿論特撮との打ち合わせもしてコンテは決めてあるし、アップとかロングとかの指示はしますけど、画面の最終決定権はカメラマンに任せるって考え方だったんです。カメラマンが「監督、どうですか」じゃなくて「決めてください」って言うのを聞いたのは初めてだったのでとまどいました。

そして作品が作られました。私は非常によく作られた話で傑作だと思います。ナックル星人のウルトラマン研究、坂田アキの死、(それと前後しますが)坂田健の死、心が嵐のように荒れ狂い、病院の屋上から飛び降りてウルトラマンに変身する郷秀樹、ウルトラマンの敗北、初代ウルトラマンウルトラセブンの登場、洗脳されたMATメンバーを郷が丘と協力して解き、敵の本拠である宇宙開発センターへ向かっていく郷、ウルトラマンおよびMATが協力してナックル星人とブラックキングと戦い勝利する、最後に村野ルミと出会う。でも富田義治は傑作だとは思っていなかったかもしれません。白石雅彦と荻野友大編著「帰ってきたウルトラマン大全」で富田はこう総括しています。

現場に入ってると夢中になっちゃうんですが、今思うと最後の登板作品が一番アラが目立って悔いが残ってます。鈴木さんのカメラのつもりで現場に入って違ったものだから勝手が違っちゃいましてね。それでもカメラマンを引っ張って行けなかった自分の力不足でした。永井さんも急に頼まれて、僕とは初めてだし、お互いにわかり合えないうちに終わってしまって自分でも反省してます。

対する鈴木清にも悔いが残ったそうです。白石雅彦著「『帰ってきたウルトラマン』の復活」での鈴木の証言を引用しましょう。

その回でるみちゃんも岸田さんも死ぬということを知らなかったんで、後日作品を見た時ちょっとショックを受けました。あんな映像表現で殺すなんて酷いな、と思いましたね。今さらですが、僕だったらああいう撮り方をしなかったと思い後悔しています。

鈴木は富田が証言していた

僕は勿論特撮との打ち合わせもしてコンテは決めてあるし、アップとかロングとかの指示はしますけど、画面の最終決定権はカメラマンに任せるって考え方だったんです。

と言うのを誤解してしまったのでしょうね。

鈴木 (前略)冨田さんはなぜか、「よーい、スタート」をかけたあとはホンしか見ていなくて、役者さんの芝居を見ていない。ノンモンのところでもホンを見ていて、「はい、OK」と言っちゃう。だからある時、「監督!芝居見てください!」って、つい言ってしまいましたよ。そんなことが重なって、五、六本やって、結局降りてしまった……若気の至りですかね?でも不思議と冨田さんの作品は重厚感があって心に残る。きっと心眼で見てたのかも知れませんね。

と誤解してしまったのです。もし、鈴木清が降板せずにいたら、どうだったのかなあ、と私は思います。

とまあ、最後は富田は悔いが残ったようですが、白石雅彦と荻野友大編著「帰ってきたウルトラマン大全」での富田の証言はこの言葉で締められています。

スタッフはどこの会社に行っても活動屋だ、という感じで良かったですね。

似たような言葉を富田は講談社の本でも述べています。本当に良い思い出だったわけですね。

おわりに

この記事では富田義治監督を取り上げました。橋本が会社の垣根を超えて参加させただけあって、どれも作品の出来は良いと私は思います。なお富田と入れ替わりで佐伯孚治が東映から参加していますが、彼も大きな爪痕を残しています。

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帰ってきたウルトラマン」のスタッフは良い作品を作ろうと頑張っていたのです。富田と鈴木の対立はお互いに悔いが残ったそうで、それは鈴木や冨田の言う通り、彼らの力不足だったのかもしれません。でも作品から受けた印象は大きなものであったと私は思います。

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東條昭平の暴走

はじめに

この記事では「帰ってきたウルトラマン」第33話「怪獣使いと少年」(脚本:上原正三、監督:東條昭平、特殊技術:大木淳)を取り上げます。

怪獣使いと少年」との出会い

この話を初めて見たのはいつなのかは覚えていません。ただ、最初に見たのは托鉢僧が怪獣ムルチへ向かって走っていく郷を見送るところからだったのは覚えています。なんだか不思議な感じがしました。覚えているのはこれだけです。それから時が経ちました。

「キミがめざす遠い星」との出会い

私は高校生になり、朝日ソノラマから1985年に出版された『24年目の復讐 上原正三シナリオ傑作集』(宇宙船文庫)を神保町の書泉グランデもしくは(今は亡き)書泉ブックマートで購入しました。どちらで買ったかは覚えておりません。これを読んで上原正三が「ウルトラセブン」で書いた「300年間の復讐」の存在を知り、また「怪奇大作戦」での諸作品を読みました。この本に収録されていたのが、第33話「怪獣使いと少年」のシナリオ「キミがめざす遠い星」でした。

「キミがめざす遠い星」は「帰ってきたウルトラマン」の普通の作品だと私は思いました。坂田兄妹は3人とも登場しますし、MATのメンバーも全員、普通に登場します。なので、大学生になった時に(今は亡き)NHK BS2で「帰ってきたウルトラマン」第33話「怪獣使いと少年」を観た時、私はシナリオとあまりにも違う映像作品だったので非常に驚きました。その差異については後述しましょう。

東條昭平の監督デビュー

さて第33話「怪獣使いと少年」(脚本:上原正三、監督:東條昭平、特殊技術:大木淳)を観て見ましょう。この話はその前に放送された第32話「落日の決闘」(脚本:千束北男、監督・特殊技術:大木淳)と同時期に作られた話です。大木淳が両作の特殊技術を担当し、本編だけ1本ずつ、大木淳と東條昭平が担当したのです。大木淳は「ウルトラセブン」でも特殊技術を担当していましたが、本編を担当するのはこれが初めて。東條昭平は「帰ってきたウルトラマン」の特撮や本編の助監督を務めていました。なのでウルトラシリーズでは初めて本編監督を担当したわけです。もっとも、東條昭平は「戦え! マイティジャック」で監督を務めた実績があります。東條昭平が監督を務めたのは第7話「来るなら来てみろ!」(脚本:小滝光郎、特殊技術:佐川和夫)と第16話「来訪者を守りぬけ」(脚本:金城哲夫、特殊技術:佐川和夫)の2本。ただ円谷プロ出身の監督によく見られる「素直な監督」(安藤達己談)ではありませんでした。第16話「来訪者を守りぬけ」ではマイティジャックの今井進(山口暁)にモノロン星人がお礼としてプレゼントしたペットを上層部が危険視して射殺し、今井が悲しむという、金城哲夫が脚本に書いていない場面を追加して締めくくっています。脚本を咀嚼して作品を作るという、映像化で大事なことをしていたわけですが、思えば、これが第33話「怪獣使いと少年」での暴走に繋がってしまったのだと思います。

第33話「怪獣使いと少年

話の流れはこんな感じです。

激しい風雨の中、佐久間良少年(二瓶秀哉)が怪獣ムルチに追われていました。それを見かけたメイツ星人はムルチを念動力で地下に封じ込めました。

それから時が経ち、良は河原のボロ小屋に住み着いていました。良は河原で穴を掘っていました。ボロ小屋の中から良を老人(植村謙二郎)が覗いている様子が一瞬映りますが、本当に一瞬なので気づかないかもしれません。ロケ地は東名高速多摩川を渡るところの北側の右岸です。京浜工業地帯の工場から煙が出る様子がここでも後でも何度も流れます。さて良は宇宙人だという噂が流れていました。次郎達が物陰から良を遠巻きに見ています。とそこへボロボロの学ランを着た中学生3人が良のところまでやってきて、いじめ始めました。穴を掘って良を埋めて首だけ出した状態にし、泥水をかけるなどの嫌がらせをしています。それを見かねた郷が止め、調査することにしました。

さてシナリオでは、郷は坂田家を訪れ、坂田健が郷にこう言います。

坂田健「おれが小学校の頃、おれはアメリカ人との合の子にされたことがある。おれがアメリカ兵に道を教えているのを目撃した奴がいいふらしたんだ。坂田は英語がペラペラだ。そういや鼻が高く日本人離れしている。目もどことなく青い…(苦笑する)」

このセリフと前後していたかもしれませんが、例の中学生がまた良をイジメにやってきます。なお、前回、中学生の一人は「真空投げ」で一度宙に飛ばされています。良をいじめた後、これを思い出した中学生は連れてきた犬を消しかけ、襲わせ、自分達は外へ出ます。とその直後、犬は爆発四散したのでした。その様子を一人の托鉢僧が見ていました。この托鉢僧の正体は後でわかります。

良自身の言葉と郷の調査により、良は北海道の江差から行方不明になった父親を探しに来たことが判明します。その報告を聞くのは映像では伊吹隊長ただ一人…ですが、シナリオでは他の隊員もいます。東條昭平がそうしてしまったのです。伊吹は郷も父親がいなかった(これは第3話でも語られる設定です)と言いかけますが、郷はシナリオにはない、こんなセリフを言います。

郷「私にはMATという家があり、隊長という父があります。」

当然、東條昭平が付け足したものです。さて伊吹は父親を探しに来た孤独な少年が言われのない差別で情愛の心を踏み躙られるのは絶対に許せんというようなことを言った後、こう言います。

伊吹「日本人は美しい花を作る手を持ちながら、いったんその手に剣を握ると、どんな残虐極まりない行為をすることか。」

これも東條昭平が追加したセリフです。伊吹は郷に全てを任せることにしました。で郷があのボロ屋へ行くと、良はいません。どこへ行ったのでしょうか?

雨が降る中、良はパン屋へパンを買いに行ってました。ところがパン屋は噂を気にして売ってくれません。仕方なく帰る良を追いかけ、パン屋の娘がパンを持ってやってきました。

良「同情なんかされたくないな。」
パン屋の娘「同情なんかしてないわ。売ってあげるだけよ。だってうちパン屋だもん。」

実はこのやりとり、シナリオでは良にパンを譲ってあげるのは坂田アキでした。そして、これは榊原るみのスケジュールの都合だったのかもしれませんが、当初、この場面は撮影されていませんでした。後述する理由で追加撮影されたもので、雨が降っているのは偶然なのだそうです。ここでCMに入ります。

さてCMが明けると良は郷がボロ屋の中に入っていることを知りました。ですが、老人金山十郎(植村謙二郎)は良に、郷が良が日本人であると調べ上げていたことなどを話します。そして金山は良と知り合った時の話をします。金山はメイツ星からやってきたメイツ星人でした。多摩川の河原に着陸し、宇宙船を念動力で埋めました。その直後、冒頭で流れた場面に遭遇したのです。メイツ星人は少年を救い、そのまま一緒に暮らしました。金山十郎というのは地球で名乗った名前で京浜工業地帯の工場で働いていました。「私はこのまま、地球に住み着いても良いとさえ思いました。」という金山。さて、シナリオと映像ではこの先のセリフが違います。まずシナリオではこう言います。

金山「私は宇宙人、今の地球では生きていけません。汚れた空気に蝕まれてしまったのです。」

ですが映像ではこう言います。

金山「しかし、秋が来て、枯れ葉が散るように、私の肉体も汚れた空気に蝕まれて、朽ち果てていく。あの車も。あの煙突も。シロアリのように私の肉体を…」

なので良は早く宇宙船を掘り出す必要があったわけです。

というわけで郷は良と穴を掘り出します。良はこの河原に怪獣も念動力で閉じ込められている話をします。とここで街から暴徒がやってきました。立派なスーツらしきものを着ている男(小笠原弘)や寿司屋の主人のような格好をした男(梅津栄)などが竹槍や鎌を手に持っています。さて、シナリオでは、次郎も穴掘りを手伝っていたようですが、映像ではこの場面には登場しません。閑話休題。暴徒は良に襲い掛かります。宇宙人を殺してしまえというのです。郷は良を庇おうとしました。とその時、金山がボロ屋の中から出てきました。シナリオでは郷、次郎、そして良を庇いながら、こう言います。

金山「やめろ、やめろ、お前たちは鬼だ! (と郷をかばって前進する)彼らにまで乱暴するのはやめてくれ、殺すなら私を殺せ!」

ところが映像では杖をついて必死に歩こうとするだけです。衰弱しきっているので、それがやっとなのです。金山は自分の方が宇宙人だと暴徒に打ち明けました。それを聞き

暴徒(梅津栄)「みんな、こいつを生かしとくと何をしでかすかわかんないぞ。何しろ宇宙人だ。」

そして金山は警官が撃った拳銃で射殺されました。ここは結果的にはシナリオ通りに映像化されたのですが、実は最初に映像化された時は暴徒が持つ竹槍でブスリと刺殺されたのです。これは試写時に問題になりました。閑話休題。衝撃を受ける郷、そして良。金山から流れ出た血が、時間が経つと緑色に変わりました。とその時、河原から怪獣ムルチが出現。金山の死により、念動力から解放されたからです。これでは金山が衰弱するのも無理はありませんよね。良を守るために念動力を使い続けていたのです。ムルチは暴徒に襲い掛かりました。口々に怪獣を倒してくれと叫びながら逃げる暴徒を見て郷はこう思います。

郷「勝手なことを言うな。怪獣を誘き出したのはあんた達だ。まるで金山さんの怒りが乗り移ったようだ。」

郷は動こうとしません。とそこへ托鉢僧がやってきました。その正体は伊吹でした。

托鉢僧「郷、街が大変なことになっているんだぞ…郷、わからんのか。」

それを聞き、郷は突進。托鉢層は笠をあげました。托鉢層は伊吹だったのです。

さて映像では上の通りになっていますが、シナリオでは伊吹は普通にマットジープで現場に駆けつけています。当然、隊員服を着ていたはずですし、他の隊員も一緒だったはずです。

郷はウルトラマンに変身。ここから先の戦いはワンカットで撮影されています。きくち英一著『ウルトラマンダンディー 〜帰ってきたウルトラマンを演った男〜』から引用しましょう。

きくち この回はまだ誰もやってない事をやろうと思って、1カット長回しに挑戦したんです。壊れないタンクは、実は中に壊れないように支え木を入れて補強したんです。雨の中でね。スタジオのギリギリのところまで利用して、ウルトラマンにもセブンにも無かったアクションをワンカットで撮ろうと持ちかけたら、大木監督(大木淳特撮監督)もスタッフも乗ってくれてね。スタジオ一杯にレールをひいて横移動。爆発するのでスーツを着ないで二人で何度も何度もテストをして、雨を降らしていよいよ本番。一回でOKでした。終った瞬間にはスタッフから拍手が出ましたよ。早く帰れるから。(笑)

戦いが終わった後、良は言います。

良「おじさんは死んだんじゃないんだ。メイツ星へ帰ったんだよ。おじさん、僕が着いたら迎えてくれよ。きっとだよ。」

そして良がアナを掘る様子を映しながら、声だけが流れます。

上野「一体、いつまで掘り続けるつもりだろう。」
郷「宇宙船を見つけるまではやめないだろうね。彼は地球にさよならが言いたいんだ。」

これで終わりです。郷と伊吹以外では上野が声だけ出ただけなんですね、この話は。

橋本洋二の怒り

この話、初号試写では大問題になりました。橋本洋二は白石雅彦と荻野友大編著「帰ってきたウルトラマン大全」では次の証言を残しています。

東條監督の「怪獣使いと少年」は僕には思い出に残る作品で、試写の時のことも克明に覚えています。その日、局の人間は僕だけで、東條監督と熊(谷健)ちゃんが来てたと思います。見終わってかなり怒った覚えがありますね。それは何故かというと、東條監督の顔が見えてこないからなんですよ。スタッフみんなで、東條監督に良いもの作らせようと思って一所懸命やっているのはわかりましたし、画のしつこさもよく出てたと思うんですけど、肝心の監督が見えてこない、つまり、監督自身が自分の目で見て、自分でイメージした主張というものがどうしても感じられないんです。そういうことを監督に質問したと思うんです。でもあの人は寡黙な人だし、熊ちゃんも何か言おうとして言い出せないでいる風。それでかなり気まずい雰囲気になってしまったんですね。この頃はイベント的なことをやったり新人監督を出したり、確かにシリーズにも余裕が出てきてきていろいろやってみた時だったんです。でもスタッフが乗ってくればそれだけに馴れ合いにならないように注意もしなくちゃならない。それをコントロールするのは〝監督〟です。でもちょっと言いすぎたかなと思って、外出てボーッと空眺めてたのを覚えてます。「あんなに言っちゃったけど良かったかなあ」と思って。そりゃあみんなが一所懸命にやったのはわかりましたから。あとで上原には「なんであんな風になっちゃったんだ?」とは言いましたけど。ホンが悪いなんて全然思っていなかったし言いませんよ。そういう問題ではなかったんですね、僕の気持ちとしては。

東條昭平は脚本を咀嚼して料理したはずなのに、「肝心の監督が見えない」と橋本はなぜ思ったのでしょうか? 私には明確な答えがありませんが、橋本洋二が最初に上原正三との打ち合わせを通して読んだであろうシナリオ「キミがめざす遠い星」と映像になった第33話「怪獣使いと少年」を比べてみるとわかるかもしれません。「キミがめざす遠い星」は普通の話でした。確かに差別がテーマの話です。金山というのは川崎に住む在日朝鮮人在日韓国人がよく使う名前です。なお鶴見には沖縄県民が移住してできた街もあります。それを東條昭平はテレビで放送しづらいレベルまで増幅してしまったのですね。それが橋本洋二が怒った原因であり、追加撮影を命じた理由だと私は思います。この部分を橋本は一番言いたかったのでしょう。

でもスタッフが乗ってくればそれだけに馴れ合いにならないように注意もしなくちゃならない。それをコントロールするのは〝監督〟です。

監督が暴走したわけですから、コントロールできていなかったと橋本は思ったんですね。私も橋本が怒ったのも無理はなかったと思います。

東條昭平が込めたもう一つのテーマ

さて東條昭平はもう一つのテーマをこの作品にこめていました。きくち英一著『ウルトラマンダンディー 〜帰ってきたウルトラマンを演った男〜』から東條の証言を引用しましょう。

怪獣使いと少年』では、僕の初監督作品ということもあって上原正三さんが民族問題やその他いろんなことを考えて脚本を書いていたんですが、実はその他にも「地球には四季がある、でも宇宙には四季がない」っていうテーマもあるんです。
宇宙には四季がないはずなので宇宙人が地球に来るとしたら、夏はいいかもしれないけど、秋が来ればその変化についていけずに体が朽ち果ててしまうと思うんです。だからあの子供は早くおじちゃんを助けなくちゃだめなんですよ。

だから「怪獣使いと少年」で

金山「しかし、秋が来て、枯れ葉が散るように、私の肉体も汚れた空気に蝕まれて、朽ち果てていく。あの車も。あの煙突も。シロアリのように私の肉体を…」

という場面があったわけなんですね。

おわりに

この記事では「帰ってきたウルトラマン」第33話「怪獣使いと少年」(脚本:上原正三、監督:東條昭平、特殊技術:大木淳)を取り上げました。上原正三の訃報でこの話に言及した記事を多数見かけましたが、正直言って、あまりにも悲惨な内容なので私は好きではありません。あと「ウルトラマンレオ」で東條が演出したカーリー星人の話も私は好きではありません。でも東條が後に東映戦隊シリーズも手がけるのはこういう演出のやり方をしていたからだと思います。大木淳は最終的にはプロデューサーに転向しましたが、東條が最後まで演出家として長く活躍したのです。それは東條の暴走があったからなのだと私は思います。

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朱川審が放った光

はじめに

この記事では第35話「残酷!光怪獣プリズ魔」(脚本:朱川審、監督:山際永三、特殊技術:佐川和夫)を取り上げます。

朱川審

さて朱川審とは誰なのでしょうか? 岸田森ペンネームだと本放送当時は紹介され、長い間、私も含め、皆そう思っていました。しかし、そうではありませんでした。実際には第35話「残酷!光怪獣プリズ魔」は脚本家・山元清多が盟友である岸田のアイデアに基づいて書いたものと判明しています(武井崇著「岸田森 夭折の天才俳優・全仕事」洋泉社、2017年。P74-76。「特撮秘宝 Vol.7」洋泉社、2017年。P180、P207)。私は「特撮秘宝 Vol.7」でこの事を知り、驚きました。山元清多が脚本を書いたドラマで私が思い浮かぶのは「ムー」ムー一族」、「刑事ヨロシク」と言った作品で硬質なSFである第35話「残酷!光怪獣プリズ魔」とは対極に位置するコメディー(というよりはバラエティー?)ばかりです。ただ岸田森が発想したのは確かなのでしょう。山元は「六月劇場」にもいましたから、そこでの繋がりで岸田が脚本執筆を持ちかけたのです。

第35話「残酷!光怪獣プリズ魔」

さて第35話「残酷!光怪獣プリズ魔」を観てみましょう。

世界各地で灯台が消える事件が頻発していました。その原因を坂田健は推測しており、郷に話し、郷はMATのメンバー(岸田、上野、丘)にも話していました。しかし、岸田達は懐疑的で、伊吹隊長の帰還を待ってから動いた方が良い、と郷に忠告していました。ここまでが次郎と郷の様子からわかる話です。なお、伊吹隊長は南を連れて世界防衛組織の世界会議に出て留守でした。

さて郷が休暇をとって坂田家へ向かっている頃、坂田家では健がビニール袋に水を入れてプリズムを作り、原理を説明をしていました。このプリズムを作る場面はシナリオにはなく、山際永三が追加したのだそうです。シナリオでは既にプリズムが作られていて、虹の光を放っていたのだそうです。閑話休題。郷は地図を指差しながら坂田と話します。地図にはバツ印と線が書かれています。そのバツ印を指差しながら郷が言います。

郷「初めが南極で気象観測船、次が南氷洋捕鯨船、それから次々に灯台がやられていく。ここ。ここ。何かが日本を目指しているような気がしてならないんです。」

その頃、伊吹と南の乗るマットアロー1号がマゼラン岬の辺りを飛んでいました。会話の様子から、世界防衛会議はマゼラン岬の事件に関するものだったようです。実は先ほど、郷はマゼラン岬の辺りを指差しています。南が「この辺はもう探し尽くしましたよ。もう手がかりなんか…」とぼやいていましたから、相当長く飛び回っていたんですね。とその時、伊吹は海上に人(エフ・ボサード)がいるのを発見。早速救助しますが、顔は変化し、七色のようになっています。よく考えるとこわい映像ですが、初見の時(小学校低学年の夏休みだったと思いますが)はそこまで感じませんでした。で救助された人は船員だったようですが

船員「白い、白い悪魔…われても、なくなる…白くいなくなる…」

と聞こえましたが、非常に苦しそうです。伊吹と南はMAT本部に連絡し、病院を手配し、病院に運び込みました。

さて次郎がヤカンからコップにお湯を入れたら、コップは割れてしまいました。

健「そりゃそうさ。冷たいものに急に熱を加えれば歪みが起こる。」

初見の際は全く気づきませんでしたが、これも伏線です。さて、次郎の宿題は終わっていません。プリズムの説明は宿題のために坂田健が行なったみたいですね。で次郎はレンズがないことに気がつきましたが、レンズが光を集めて雑誌に火がつき始めるのが映ります。さてシナリオではセルロイドのオモチャが燃えるのですが、これも山際が変更した場面なのでしょう。ここで

健「次郎、兄さん、ここで遠出をしてくる。」

次郎「郷さんと?」

健「うん。二人で。」

次郎「僕も連れてってよー。」

そりゃ、次郎は御不満ですよね。

健「お前は行ったってしょうがないよ。留守番しといてくれ。」

次郎は郷にも連れてってと頼みました。郷はそれには応えず

郷「もし何だったら、僕だけでも…」

一応、次郎の頼みを聞いてあげたんでしょうね。それから、これは後でわかりますが、危険が伴いますからね。しかし健の決意は固かったのです。

健「いや、今度ばかりは行ってみたいんだ。どうしても。」

そりゃあ、自分の出番が減りますからねえ(嘘)。余談ですが、この話は岸田森扮する坂田健の最後の見せ場となってしまいました、結果的に。閑話休題。この時、健は焦げ臭いにおいがするのに気がつきました。レンズのせいで雑誌が燃えてしまったのです。郷があわてて雑誌をどけた後、

健「次郎、光の悪戯だよ。光は生物にとってなくてはならないもんだけど、一箇所に集中すると、こう大きな破壊のエネルギーになる。」

というわけで

ナレーション「郷隊員と坂田の二人は一つの予感に突き動かされて南の海を目指して車を走らせていた。」

実はこのナレーション、微妙に間違っていることが後で発覚しますが、郷も坂田健も視聴者もそれに気がついていません。

で画面変わってマットビハイクルが走っています。思わず郷と坂田が乗っているのではないかと思ってしまいましたが、それは勘違い。

ナレーション「一方、その頃、太平洋上で救助した外国人船員が入院では…」

どう見ても日本人で日本語でうわ言を言っていたような気がしますが、それは瑣末な疑問に過ぎません。というか、後で見返したら、確かに外国人であるエフ・ボサードがキャストされていました。閑話休題。病院で驚愕の事件が起きたのです。病室のドアも窓も閉め切っていたはずなのに、船員が消え去ってしまったのです。いや、正確に言えば、布団をめくったら、パジャマが残っているのが見えました。マットビハイクルに乗ってやってきたのは伊吹と南で岸田は外で警護していました。伊吹と南は船員が急に苦しみ出したという知らせを受けてやってきたのです。さて布団をめくった時、伊吹は「やっぱり」と言っていました。既にそういう事件が起きていたと防衛会議で報告されていたのかもしれません。そして伊吹がパジャマをめくってみると、透明なゴツゴツした塊がありました。拳くらいの大きさです。医者が「透き通った何かの結晶のようですねえ。」と手を伸ばそうとするのを伊吹は遮り、

伊吹「およしなさい。そうっと運んで研究所で分析させます。それまでこの部屋は立ち入り禁止にします。」

南はブラインドを立てて光を遮り、全員外に退避。中であの塊が光を出して点滅しています。

その頃、郷と坂田の車は海岸に到着しました。もう夕暮れ。灯台が見えます。

さてMAT本部(?)では丘が物々しい防護服とゴーグルを着けてシャーレの蓋を開けています。他の隊員は部屋の外に出ています。物々しい警戒ぶりです。

上野「なんだ。何も入っていないじゃないか。」

そう見えました。確かに伊吹はあの物質を入れてきたはずなのですが。伊吹達が議論している、その時、

丘「隊長、部屋の照明を消してみてください。」

部屋の明かりを消してみると

南「あ、発光しているぞ。」

あの結晶はまだあったのです。肉眼に見えなかっただけだったのです。これもよく考えたらこわい場面ですが、幼かった私はあまりこわさを感じませんでした。

丘「初めは結晶としてあったものが、どんどん透明度を増して小さくなっていきます。」

伊吹「消えていく…」

丘「もう物質は完全にありません。全部光に変わって消滅したものと思われます。」

つまり、あの船員は結晶になり光と化してしまったのです。

そして夜になり

健「次郎のやつ、晩飯食ったかな。」

郷「なんとかやっているでしょう。」

健「うん。」

二人あることに気がついていませんでした。ですが

郷「坂田さん」

オーロラが出ました。日本の南側の海、多分太平洋でオーロラが出たんですよ。これだけでも驚きですが、この時、郷と健が乗ってきた車のトランクが何故か開きました。次郎が中に潜り込んでいたのです。で郷と坂田は何も明かりを持っていないのに、次郎は手に懐中電灯を持っています! そして「オーローラー」という女性みたいな叫び声とともに白い大きなものが現れました。

坂田健「やっぱり来たな。俺の推理もバカにしたもんじゃない。」

坂田健はこの大きなものの出現を予期してやって来たのです。あの大きな塊が灯台を光にして吸収してしまいました。

郷「MAT本部へ連絡します。」

郷と坂田健が車へ向かった、その時、郷や健の計算外の事態が起きてしまいました。

次郎「ああ、すごいや。あいつ、光怪獣だ。プリズ魔だ。」

次郎が命名したのですね(違います)。繰り返しますが、次郎は手に懐中電灯を持っています。健はトランクが開いていて、中に落ちていたものを見て、次郎が潜り込んでついて来た事に気がつきました。慌てて次郎を探しに行く健。健の懸念は的中。

プリズ魔「オーローラー」

次郎の懐中電灯に引き寄せられて近づいて来ました。健も郷も次郎がいることに気がつきました。郷は次郎に懐中電灯を投げ捨てるように言いました。そう言われて懐中電灯を投げ捨てる次郎。その途端、懐中電灯はプリズ魔に光と化されて吸い込まれてしまいました。恐ろしや。恐ろしや。

健は「以前やったところ」を痛めてしまいましたが、郷によって何とか車に戻ることが出来ました。そして健は次郎を乗せて車を発進させましたが、うっかり、ヘッドライトをつけてしまいました!

郷「坂田さん、ライトを消して!」

しかし、坂田健は逃げるのに夢中でライトがついていることに気がついていません。当然、プリズ魔が近づいて来ました。そしてついに坂田の車にプリズ魔の魔の手が伸びました(手はついていませんが、意味はわかるでしょう)。この絶体絶命の危機を迎えたところでCM突入です。

さてCM明けてもプリズ魔の魔手はのびています。ついに車は乗り上げて止まってしまいました。絶体絶命の危機。郷は信号弾を撃ってプリズ魔の気をひきます。その狙いは的中しましたが

郷「(プリズ魔に襲われ)うわあああああ。」

郷はウルトラマンに変身します。さてウルトラマンはプリズ魔と戦い、チョップやキックを繰り出しますが、全然歯が立ちません。ここで定番の疑問が起きるでしょう。いつも怪獣に入っている遠矢孝信さんは何をしていたのでしょうか。きくち英一が河崎実にこう明かしています。きくち英一著『ウルトラマンダンディー帰ってきたウルトラマンを演った男〜』から引用しましょう。

きくち プリズ魔ね。これ人間入ってない。遠矢(孝信)は後ろで押しただけでいつもと同じギャラを貰った。(笑)

河崎 後楽園ロケですね。プリズ魔って戦いようのない怪獣ですよね。

きくち これは全面プラスチックでできてましたね。

(中略)

きくち これは遠矢が腰までの長靴履いて水の中に入って押してるんですね、ただひたすら。僕らは「遠矢、見えるよ、見えるよ」なんて言って笑ってた。下からピアノ線で引けばよかったんだけど。

河崎 このシリーズではこのプリズ魔が最強じゃないかな。光のエネルギーを武器とするウルトラマンにとって光を吸収する怪獣の設定はまさに最強でしょう。その姿もベムスターなどとは違って顔や手足は無く物質そのもののイメージが強く、とらえどころのない雰囲気が最終回のゼットンより強そうですね。ウルトラマンも勝つには勝ったが、ずいぶん痛めつけられた。

河崎の意見に同意します。ただ当時河崎も知らなかったであろう事実がありますが、それは後ほど触れましょう。閑話休題ウルトラマンはしばらくプリズ魔と戦っていましたが、ついにプリズ魔はウルトラマンをも吸収しようとしました。最初にいつも流れる音楽が流れたかと思うと、後の「ミラーマン」のオープニングやら後のヤプールがいる異次元の映像やら、ありとあらゆる合成素材が流れまくる中、シルエットのウルトラマンが右往左往と動き回ります。さて、きくち英一と河崎実のお話をきくち英一著『ウルトラマンダンディー帰ってきたウルトラマンを演った男〜』から引用しましょう。

河崎 ハハハ、きくちさんこれ何やってるんですか。

きくち 踊ってる、バレエやってる。

河崎 どういうリクエストだったんですか?

きくち なにしろ踊ってくれって。動きの激しいやつを。

河崎 どれくらいカメラ回したんですか?

きくち けっこう回したなぁ。ほら、こう寝て、足上げて。

河崎 このバレエみたいなのどんな気持ちでやってるんですか。白鳥の湖かな? (笑)

きくち 気持ちも何も、とにかく踊ってくれって。

閑話休題。しかし、ウルトラマンはプリズ魔に吸収されませんでした。カラータイマーが赤にはなりましたが、なんとか脱出し、両手を合わせて霧状のものを噴射。これはウルトラフロストと書籍で紹介される技ですね。日の出とともにプリズ魔は姿を消しました。ここへやっとマットアロー1号が飛んできました。

坂田健「遅かったな。」

郷「どっちみちマットアローでは歯が立ちませんよ。」

どちらの意見も正しいと思います。

さてMATは早速プリズ魔を倒す作戦を立てます。郷が坂田の推理を説明します。プリズ魔は限りなく凝縮された光が物体化した怪獣で南極の氷山に閉じ込められ、長らくその活動を停止していたが、太陽の黒点が変動した影響で活動を再開したのです。自動車修理工の坂田健がこんな事を思いつくのがある意味すごい気もしますが、そんなのは瑣末な疑問に過ぎません。岸田森(と山元清多)の発想は素晴らしいです。閑話休題。議論が白熱する中

上野「なーるほど、頭を冷やさなければいかんな。」

これを聞いた丘が閃きました。

丘「待って。冷やす?」

これを聞き

伊吹「そうだ。奴は南極の氷の中に閉じ込められていたんだ。」

かくして急激にプリズ魔の周りを冷やして活動を停止させるという冷凍弾作戦が発案されました。余談ですが伊吹は「絶対温度マイナス273度」を作り出さなくてはならないと言っていますが、これは正しくは「絶対零度」でしょう。まあこれも瑣末な指摘に過ぎません。閑話休題

郷「絶対温度。活動を止めるだけじゃダメだ。破壊しなければ。」

というや否や、下田にプリズ魔が出現し灯台が被害に遭ったという連絡が入りました。もはや猶予はありません。

ナレーション「MATの要請によって東京周辺のあらゆる光が消されていった。暗黒の大都会。光怪獣プリズ魔を迎え撃つ捨て身の作戦が用意されていたのだ。」

MATは野球場にプリズ魔を誘き寄せる作戦を実行しました。ロケは後楽園球場で行なわれたように見えますが、セットのミニチュアは大昔にあった東京球場に似ています。とはいうものの今はどちらも現存しないのであくまでも私の印象ですが。これについては後述しましょう。閑話休題。狙い通り、プリズ魔は光を求めて現れました。郷と上野はスタンドの中。伊吹と丘、そして南と岸田が操縦するマットジャイロ2機が飛んでいます。マットジャイロが投下した冷却弾で野球場が冷やされ、プリズ魔は動けません。ですが、冷気が足りないのは否めず、破壊までは至りません。焦る郷の目に、上野が冷気にまかれて苦しむ姿が見えました。

郷「そうだ。こうなったら小さくなって奴の体の中に入り込むんだ。そして中で…」

というわけで郷はウルトラマンに変身。小さくなって中に入り込みました。そしてウルトラマンはプリズ魔の体内でスペシウム光線を発射。なおアップになったウルトラマンの身体中についているものは、きくちによれば雲母だそうです。

伊吹「プリズ魔が苦しんでる。爆発するぞ、危ない。上昇だ。」

慌てて上昇する2機のマットジャイロ。プリズ魔は爆発四散しました。うーむ。次郎がコップにお湯を入れてしまった時と同様、急激に冷やされたプリズ魔の体が急激に温められたため歪みが生じてしまったからです。山際永三恐るべし。次郎がコップにお湯を入れてしまう場面は脚本にはありません。山際が伏線として入れた場面だったのです。閑話休題ウルトラマンも飛んで脱出し、郷に戻りますが、郷はグランドの芝の上で這いつくばりながらこう言います。

郷「俺にとって、俺にとって、ギリギリの賭けだった。」

この場面。初見の際は衝撃を受け、凄いラストだなあ、と私は感動しました。ですが、そう思わない人もいたようで、白石雅彦と荻野友大編著「帰ってきたウルトラマン大全」ではこう書かれています。

ただ、前半から中盤の盛り上がりに比べて、クライマックスからラストにかけての展開が急すぎ、唐突なラストはユニークではあるが、ドラマの幕引きのボリュームを急速に下げすぎてしまった印象が強く残る。

でダメ押しとして

筆者たちの子供時代の印象。

「CMの後、まだ続きがあるかと思ったら終わっていた」(白石雅彦、当時小学5年生)。

「来週続きがあると思ったら、別の話だった」(荻野友大、当時小学2年生)。

とまで書かれています。まあ感性が私と違う人がいるのは仕方がありませんよねえ。

プリズ魔のデザイン

さてプリズ魔のデザインは井口昭彦が担当しましたが、実は米谷佳晃も検討用にデザインをしています。米谷佳晃著『華麗なる円谷特撮デザインの世界 ミラーマンジャンボーグA 米谷佳晃デザインワークス 1971〜1973』44ページにそのデザインが載っていますが、実際に映像と使われたものとは違って顔や足のある怪獣然としたものでした。ただモチーフであるプリズムを意識したのか、水晶のような形をした硬質なものが身体中から生えていました。ハリネズミが二本足で立ち上がり、腹にも背中にも水晶のようなものが生えているイメージと言えば伝わるでしょうか? シナリオでは「2本足の怪獣」と表現されていたプリズ魔ですから、これはシナリオに即して創られたと言えますが、完成作でのプリズ魔に馴染んでいた私には、このデザインのプリズ魔がウルトラマンと戦う映像を思い浮かべることは難しいです。こちらが採用されたら、かなり作品の雰囲気が変わったのは間違いありません。遠矢孝信さんが中に入って戦ったでしょうねえ、いや、作品自体の雰囲気が大きく変わったに違いありません。

坂田アキ

さて完成作では坂田アキは出ません。これは演じる榊原るみが「気になる嫁さん」のヒロインに起用されたため出られなくなったという、スケジュールの都合なのです。坂田アキは第27話を最後に第3クールでは登場しないようになります。第27話の次に登場したのが、坂田アキが衝撃の最期を遂げるあの第37話です。

で準備稿では坂田アキが登場していました。白石雅彦と荻野友大編著「帰ってきたウルトラマン大全」から、その場面を引用しましょう。

坂田「お前の休みを利用して、少し遠出のドライブとしゃれこむか。(中略・アキに)郷と二人で行くよ。」

アキ「そう。(快活を装って)いいわ、行ってきても。(出ていく)」

郷「坂田さん、そうまでして…」

坂田「感じるんだ、妙に。行ってくれ、確信はないが…」

なんと。前半で坂田が郷と行く割を食うのは次郎ではなくてアキだったのですね。アキと次郎とでは当然場面の意味が変わります。準備稿ではさらにこんな場面が用意されていたのです。調理場でのやりとりを白石雅彦と荻野友大編著「帰ってきたウルトラマン大全」から引用しましょう。

アキ「玉ねぎ奴、目にしみるったらたまらないわ。腕によりをかけてんだから、食べてってね。」

郷「もちろんだよ。そう聞いたとたん。腹の奴グーグー鳴きはじめた。」

アキ「どらどら!」

アキ、ふざけて郷の腹に耳をつけてみる。

でこの話は元々は第28話に予定されていたシナリオだそうです。第35話まで延びてしまったのは決戦が野球場で行なわれたからでしょうね、白石雅彦と荻野友大が書いている通り。第28話は10月15日に放送されていますから、撮影時、まだV9時代のプロ野球日本シリーズに入っていなかったはずです。奇しくも山際永三監督の作品の「ウルトラ特攻大作戦」が放送されています。

決戦が行なわれた野球場

さて決戦が行なわれた野球場ですが、私も河崎実と同様、後楽園球場だと思っていました。というのは当時はV9時代で東京読売巨人軍が強かった上に、最近まで巨人戦の中継が頻繁に行なわれていたため、野球と言えば巨人、そして巨人の本拠地の後楽園球場というイメージが強かったからです。また後楽園ゆうえんちでショーが行なわれた関係で東映作品では後楽園球場でロケされていた事が多く、それも影響したことは否めません。

ところが、白石雅彦と荻野友大編著「帰ってきたウルトラマン大全」で佐川和夫がこう証言しています。

かなりハーフミラーで現場合成しています。この頃ロッテが、2年くらいしか使わなかった球場があったんですよ(東京スタジアム、南千住にあった)。その年の最終の試合に、試合が終わってお客さんが出るまでライトを消さないでもらっておいて撮影した覚えがありますよ。球場なんかライト当てられないじゃないですか。コダックが商品化テストで作った高感度フィルムを使って、増感(現像時間を2倍にする)してやって撮ったんですよ。でも半分はセットを作ったはずですよ。

編集の時、山極監督、いつ合成したの? って言ってましたね。だって現場で合成しているから(笑)。

光がワーッと当たると、それがスーッとなくなっちゃうとか、復活するとかいう話じゃなかったかなあ? 光線とかいろんな光をハーフミラー合成したというのが多いんじゃないですか?

なるほど。実際は東京スタジアムで撮影されたのですね。私の思い込みでした。

おわりに

この記事では第35話「残酷!光怪獣プリズ魔」(脚本:朱川審、監督:山際永三、特殊技術:佐川和夫)を取り上げました。初見の際はこの記事に書いたことなどほとんど知らずに観て楽しんでいました。色々と面白い事情があったのだなあと改めて思いました。

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